理屈ではなく本能的な何か | 渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ

理屈ではなく本能的な何か

二十代のころはとにかく仕事しか見ていなかった。とくに好きな女性が現れては熱心に口説(くど)くものの、万が一相手が振り向いてくれても、そのころにはまたわき目もふらず何ヶ月も仕事をしているという、今考えれば決して褒(ほ)められた男ではなかった。

だからその年代の俳優はある種、浮き世離れしていると感じる。理解できるし、またそうした時期も必要だ。
ただし女性は、仕事が出来ることが=(イコール)女の魅力に繋がらないかもしれない。

男からの目線でしか解(わか)らないが、とかく女性は感覚的だ。仕事であれ色彩感覚や音感が鋭く、仕事覚えの瞬発力、語学の学習能力なども秀(ひい)でている。
そしてぼくは自分に持っていないそれらを愛(いと)しいと感じる。理屈ではなく本能的な何か。男からはもっとも理解しがたい何かであるが、と同時に男社会では継続し難(がた)い感性には憧れさえ抱(いだ)く。

だから、仕事に邁進(まいしん)しているから今はプライベートは必要ないんです、という女優をみると(真面目な子ほどそうなのだが)、美人だが悲しいかな色気がないことがあって驚く。
ラブストーリー全盛(ぜんせい)のこの時代に、そんなマネキンが動いてもリアリティがない。いくたの荒波を越(こ)えた観客の心も、けっして動かせないだろう。