ベルギーに留学中の僕の友人がルクセンブルグに行ったようで、写真をフェイスブックでアップしてました。
それを見ていて懐かしい気持ちと後悔の念を思い出したんですよね。
実は、2002年に、USCの後の練習の拠点としてルクセンブルグのチームへの移籍が決定してたんです。
現地のコーチに誘われて、下見を兼ねてチームと一緒に練習させてもらったりしたんですが、施設は国際大会が開けるレベルのプールが近距離に複数あったり、練習パートナーもいたりと、素晴らしい場所でした。
国の規模は小さいですが、非常に豊かな国でしたし、ドイツやフランス、ベルギーに隣接してて、車で自由に行き来できるので、競技力向上だけでなく、見聞を広げる意味でも興奮したのを鮮明に覚えてます。
でも、土壇場でキャンセルしたんです。アメリカに残ることにしました。
公用語がルクセンブルグ語、ドイツ語、フランス語で、フランス語は微妙ですが、ドイツ語なら数ヵ月で何とか生活できる程度までマスターする自信がありましたし、英語も通じるので、あまり心配してなかったです。
でも行かなかった・・・
一番大きな理由としては、母親に、叔父や従兄が住んでいるアメリカならともかく、親類がいないルクセンブルグに引越してほしくないと言われたことなのですが、
心のどこかで、アメリカに渡ったのと同じだけのストレスに、もう一度ルクセンブルグに行って耐えられるのかということに対しての覚悟ができてませんでした。
キャンセルを決めて、受け容れ先に断りの連絡を入れてから少しずつ、もしルクセンブルグに移って生活してたらどうなってたんだろうと思うようになり、
しばらく自分の決断を後悔しました。
チャレンジをする前に諦めて、瞬間的に楽に映った方を選んでしまったことへの後悔です。
何かに挑戦すれば、失うものがあっても、必ずそれ以上に得るものがあると思うのですが、僕は新天地での生活で何を得ることができるのかを見ないまま諦めてしまった。
ひょっとしたら、英語だけでなく、複数の言語を操って、世界有数の豊かな国で培ったコネクションで、違った人生を歩んでたかもしれない。
降りてきたチャンスをあえて掴まなかったという敗北感に似た気持ちはずっと持ち続けてます。
今の人生が決して悪いものだと思いません。
ただ、臆病風に吹かれて逃げ出したことで、逃したであろうチャンスへの思いが鮮明に蘇ってしまいました。
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