【骨盤の歪みの本当のところ】



「骨盤の歪み」は、昔から健康番組や治療院、フィットネスクラブなどでよく使われている言葉です。

腰痛で治療院に行って、専門家に骨盤が歪んでいると指摘されると、「えっ!?そうなんですか!?」と思いますよね。

そして、「骨盤が歪んでいるから腰痛が治らないんですよ」と言われた時、皆さんはどう思うでしょうか?

激痛の場合は素直に従うかもしれないし、少し痛い程度ならあまり気にしないかもしれませんね。

実際、専門家が言う「骨盤の歪み」の正体はなんなんでしょうか?



まずドクターはどう考えているか?

歪みの定義が人それぞれ違うということもありますが、多くのドクターは骨盤が歪むから腰痛になるという発想は少ないようです。整形外科に行って、ドクターから「あなたは骨盤が歪んでいるから腰が痛いんですよ」と言われた経験がある患者さんはまずいないのではと思います。骨盤の歪みとは表現しないと思いますが、理学療法士の先生がそのようなところをチェックしますね。
※追伸②にドクターの骨盤の歪みに関する記事のリンクを貼ってあります。


では、整体師やスポーツトレーナー、インストラクターはどう考えているか?

骨盤は「歪む」と言う主張と「歪まない」という主張が入り混じっていて、「歪む」と主張するグループは、「歪み」が腰痛の原因と捉えることが多いようです。そもそも、骨盤の歪みの有無は現代医学を持ってすれば分かりそうなものですが共通見解は得られていません。
また、「患者さんの症状が治るならどちらでも良い」という立場もありますが、それでは治療の再現性が一向に高まらないので、やはり真実を追求していく姿勢は大事かと思います。

このように色々な考え方がありますが、話が進めやすいので、ここから先は骨盤は歪むものします。


そもそも、骨盤の歪みの定義はあるのかというと、骨盤の歪みは医学用語ではないし、しっかりとした定義は存在しません。

ただ、世に出回っている骨盤の歪みという表現は、以下のようなものを指していることが多いと思われます。


骨盤は、その中心に仙骨、左右に一対ずつ寛骨(腸骨、恥骨、坐骨が結合したもの)があり、合計3つの骨で構成されています。骨盤の後ろ側に仙腸関節が左右にあり、前側に恥骨結合があり、3つの関節で構成されています。その3つの関節は靭帯や軟骨などで頑丈に繋がりほぼ固定されています。しかし、わずかに動きます。そのわずかな動きが本来より大きくなったり小さくなったり左右対象ではなくなってくると、骨盤は左右非対称な状態となり、それを骨盤の歪みと言うことがあります。

骨盤の歪みの有無は、骨盤の特定の突起の位置や傾きの左右差などを確認し、それが正常の範囲外(矛盾を感じなくもないですがここには定義が存在します)だったり、明確な左右差があれば「骨盤の歪んでいる」と判断します。また、動作した時の骨盤の振る舞いがどうかもチェックすることが重要です。
※詳しくは他のサイトをご覧ください


しかし、腰痛の人が「骨盤の歪み」の所見があったとしても、必ずしも痛みの原因になりえるのでしょうか?


答えはNOです。


慢性腰痛の患者さんの状態を確認すると、痛みが強くても骨盤の状態が正常の範囲内のこともあります。反対に、慢性腰痛がない患者さんでも骨盤の状態が正常の範囲外のことがあります。
(それは腰痛が起こる前段階と言えるかもしれません)


つまり、骨盤の歪み=腰痛とは言い切れないということです。

しかし、骨盤の歪みをヒントに腰痛の原因の仮説を立てることはできます。


例えば、骨盤が歪みから

お尻の〇〇筋やお腹の〇〇筋が弱いんだろうな、また左右差もあるな、その代わり腿の〇〇筋が過剰に働かざるを得なくなっていんだろうな、それとこの辺の硬さが動きの邪魔をしているだろうな、膝や足首のポジションや背中の盛り上がりの左右差からもその裏付けが取れるな、さらに手のひらの向きや頭の位置がここだとそれは腰に負担がくるな、そのうち膝も痛くなる確率が高いだろうな、首も辛くなるかもな、そもそもそうなった原因は。。。

といった具合に仮説を立てられます。

さらに、動作してもらうと、骨盤のぐらつき具合やその他の関節の動きからその仮説の裏付けや修正を行なうことができます。


このように、骨盤の歪みは腰痛治療のヒントにはなります。

しかし、慢性腰痛の原因は骨盤の歪みだけではなく、必ずたくさんの理由が潜んでいます。その視点が慢性腰痛を治すためには大切です。

例えば、

胃腸の硬さ、呼吸の浅さ、目の疲れ、循環の悪さ、代謝の低下、内分泌系と自律神経系の問題(一時的な機能低下)感覚器の機能の問題(一時的な機能低下)、水分も含めた栄養素の摂取状態、疲労(肉体、脳、内臓)の状態、姿勢、筋力や柔軟性の低下、既往歴、心理的な問題、などがあります。一見、全く関節痛と関係なさそうなものもありますが、ヒトの身体の構造から、これらの問題が骨格筋を持続的な緊張をさせ、慢性腰痛に繋がることがあります。それを掘り下げると無限とも思えるくらいの理由が挙がります。
内科的疾患で腰痛のこともあります。
※椎間板ヘルニア、分離症、すべり症などの基質的変性ももちろん慢性腰痛の原因になりえます
※急性外傷後の場合、AMIのような問題も考慮しなければならないかもしれません。

つまり、骨盤の歪みを治さなくても、これらの問題を解決していけば腰痛は治ります。また、これらを解決していくと骨盤の歪みが治ることもあります。



まとめると、慢性腰痛でどこかに治療に行ったとして、

→骨盤の歪みを指摘され、腰痛の原因と言われる
→しかし、それは絶対ではない
→しかし、それは腰痛の状態を探るヒントにはなる
→骨盤の歪み以外にもちゃんと他の原因も探り、それらを統合して考え、納得のいく解が得られたら患者さんと先生の二人三脚で実践していく
→しかし、軌道修正も時には必要という頭は持っておく

このような考え方で慢性腰痛の改善には取り組むと良いと思います。

ただ、患者さんの気持ちを考えると、そんな理屈はどうでも良いから目の前の腰痛をなんとかして!というのは当然あります。その場合、骨盤の歪みにフォーカスした治療が即効性を持って効果を発揮することも多いので、信用できる治療院で試してみるのも良いと思います。

となると、治療を受ける側もある程度の知識を持って、きちんと頭の中を整理しておかないと、治るものも治らなくなるということです。



〈足を前後に配置して屈伸を行うステーショナリーランジを背中に軽いバーを背負って行なっています。骨盤の振る舞いに着目すると、その挙動が常に不安定なことが分かります。特に、右足が前の時が構えの時点で問題があり、しゃがむと膝のが内側に入りすぎることが分かります。この方は、他の評価で相対的に右側の体幹と股関節周りの機能が弱くなっていることが分かっています。右膝に怪我の経験があることも影響していると考えられます。他の様々な理由も入り組んで、結果的にランジ動作で骨盤がグラグラしてしまっているのです。このままだと腰も膝も危ないですよ、というところです。この負荷で自体重をしっかり支えることができなければ、日常生活やスポーツにおいて、関節に必要以上のメカニカルストレスがかかってくることは必然で、腰や膝へ負担が最もかかり、痛めるリスクが高まります。骨盤の歪みを取り去っても、それだけでこれらの問題が解決する訳ではありません。仮に、骨盤の歪みを取り去った直後にパフォーマンスが上がったとしても、その効果は即時的に終わってしまうため、他の問題も解決する必要があります






最後までお読みいただきありがとうございました。


追伸①

ケーススタディ

以下のような患者さんに対し、骨盤の歪みへのフォーカスで慢性腰痛の悩みを解決できるでしょうか?個人的には無理だと思いますが、想像してみてください。


45歳の女性。いつからか腰痛は常に感じているが、ここ1、2ヶ月朝起きてからの痛みがかなり強く、ゆっくりでないとぎっくり腰になる不安感がある。しかし、動いているうちに痛みが低下してくる。座っていると次第に痛みが強くなり、座っていられなくなるし、歩いていても痛くなる。なんとなくふくらはぎや足に痺れを感じることもある。仕事はデスクワークでパソコン作業が中心。正社員で、管理職についている。週5回9時〜17時勤務。職場の人間関係には大きな問題は無いが、一緒に働く以上、時にはストレスもある。通勤は電車で1時間で電車内ではほぼ座っている。通勤での歩行は往復で20分だが、階段は使わずエスカレーター。荷物はたいていトートバッグを肘や肩にひっかけている。通勤用の靴はヒールが3㎝ほどのパンプスだが、昔はハイヒールをよく履いていた。デスクワークに一度入ると、昼休みとトイレ以外はほぼ立ち上がらない。学生時代は水泳部で本格的に取り組んでいたが、結婚後運動はほとんどせず、気が向いたら20〜30分ウォーキングやストレッチをする程度。家族は夫と中二の息子の3人家族で犬を飼っている。犬は老犬なので時間に関係なくお世話が大変。ご主人は家事などを手伝ってくれるが不十分に感じている。子供が野球のシニアリーグに所属していて週末は送り迎えもしないといけない。時には練習で水や練習道具を管理をする当番もやらなければならないことは負担に感じている。来年は受験も控えている。その他諸々のことでやりたい趣味に没頭する時間もない。ママ友とのママ会がストレス発散になるし、外食もたまにしたいがコロナウィルスの影響で自粛ぎみ。煙草は吸わない。アルコールは結構好きだが、やはりコロナウィルスの影響でその機会が少ない。甘いものも好きで職場の間食もチョコレートをつまむことが多い。それ以外の食事のカロリーやバランスは気をつけている。健康診断では総コレステロールがやや高いが治療が必要な程ではない。体重は標準の範囲内。学生時代、腰椎分離症と足首の捻挫の経験有り。定期的にマッサージに通っていた経験も有って、考えてみればその頃も長い腰痛に悩まされた記憶がある。花粉症で春先から梅雨くらいまで鼻炎が辛い。疲れが溜まると頭痛が出やすいし、脚の冷えやむくみはよく感じる。

姿勢の評価として、右脚が長く膝の伸び方が不十分、骨盤の突起に左右差がある、肋骨のカーブが左右で違う、呼吸スピードがやや早い、吸気で肋骨下部が動きが少なく肩が少し上がる、胃のあたりを触ると硬い、首の前面や側面、鎖骨下や胸骨周辺も硬い、鼠径部やももの外側が硬い、仰向けで片方のつま先がやたらと外を向いている、背骨の遊びも少ない、お尻の周辺も硬い、頭皮や表情筋も硬い

動きの評価を行うと、反る動作で背骨の一部が動いておらず、骨盤も不適切な傾きをして腰が反りすぎている、そしてこの時が一番腰が痛む、片脚立ちになると右軸の時に明らかに不安定で骨盤の位置を保てない、膝や足首の挙動にも問題有がある。腰を捻る動作で骨盤の向ける量は右が少なく肩や膝の位置、右足首の挙動にも問題がある、頭の位置も左右差がある



追伸②

ちょっと古い記事ですが、こんな考え方もあります。医師の言うことが全て正しいとは思いません。実際、整形外科に行っても一向に治らなかった腰痛が民間療法で治ったという話はたくさん聞きます。しかし、その反対のパターンももちろんありますし、医師にしかどうにもできない腰痛(内科的なものや器質的な変性が明らかな原因の場合)もあるし、運動器のプロフェッショナルである整形外科医の意見を軽視してはならないこともまた事実だと思います。患者さんのために、健康に携わる職につく人達がお互いに同じ方向を向けないものかとも思いますが、色々な要因で今はまだ無理そうです。