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気まま旅行記~一人旅ノスゝメ

今まで行った旅行について
旅に目覚め、無謀でも想いだけで飛び出した記録

四日目は、朝10時頃宿を出発した。
今日は一旦チェックアウトである。車で北上しながら名所に寄り、北部で一泊し、また翌日那覇に戻ってくる予定だ。
荷物を車に積む。今日も暑く、いい天気である。
この沖縄旅行は、最高に天気のタイミングが良かった。実は出発の前日まで沖縄には台風がいた。私が沖縄に着いたときには、すでに台風は去り、滞在期間中は突然のスコールを除いてずっと天気に恵まれていた。そして、私が帰る日には台風が近付いており、私は台風から逃げるように関東へと帰ってこれたのだ。
行きが1日早かったとしたら、飛行機は沖縄に降りられなかったかもしれない。
帰りが1日遅かったとしたら、台風の影響で飛行機は欠航、予定外の滞在の延長を余儀なくされていた。
そんな好天の下、今日は一日中海沿いドライブだ。
好きな音楽をかけ、北へと向かって出発した。

出発してすぐ、あることを思い付き、携帯で調べると近いことが分かった。沖縄の特徴とも言え、当時話題になっていた場所である、方向も同じなのでちょっと寄り道することにした。
しばらく走っていると、アメリカンなお店がチラホラし始め、いきなり鉄柵の向こうが開けた。
オスプレイ問題で騒がしくなった普天間基地である。
この時はまだオスプレイは山口県の岩国にいたため、普天間飛行場にはいなかったが、周りにはオスプレイ反対の幟が至るところで翻っていた。しかし、意外だったのがオスプレイ歓迎の幟や幕も有ったことだ。
その歓迎派の主張は、オスプレイの配備がないと沖縄は中国に乗っ取られるというものだった。
極端すぎる気もするが、沖縄の米軍の戦力が落ちるのは、そういう心配も生むのかと県外の人には気付かない憂いが有ったんだなと、少し考えさせられた。
それにしても沖縄というのは、武力というものが付きまとう宿命の島である。
そんな事を考え、ここが普天間基地かと思い、運転しながら基地の中を眺めていると、後ろを走っていたパトカーが赤色灯を回し始め、こちらに何か拡声器で言っている。
ビクッとした私は車を左に寄せて停車しようとした。スピードはそこまで出してないし、携帯もいじってないし、シートベルトもしている。何の違反だろ?
と思っていたら、パトカーはそのまま私を追い越し、何事もなかったかのように赤色灯を消して走り去っていった。
ポカンとして、イラッとした。無駄に驚かされたのである。
何を言っていたのかは、音楽をかけていたので聞き取れなかったが、違反では無いのであれば基地を見ていたのがいけなかったのだろうか。
しかし迷惑な警察である。

朝ごはんを食べていなかったので、早めの昼食も合わせて食事にすることにした。
普天間基地の周りを、ご飯やさんを探しながらぐるぐるまわっていると、突然の豪雨である。
やはり南の島というのは、こういうのが常なのだろう、歩いてる人たちは驚いた様子もなく、慌ててもいなかった。
そんな雨の中、24時間営業のタコス屋さんを見付けた。
せっかくなので沖縄名物の一つであるタコライスを食べようと近くに車を停め、雨の中ダッシュでお店に向かった。
中はなんだか暗い。ちょっとボロいしホントにやってるのか?と少し店の前で考えていたが、扉を開けてみれば分かるだろうと扉を開けた。しっかり営業中であった。
食券でタコライスの大盛りを買い、カウンターの中のオバチャンに渡す。
しばらくするとタコライスが出来上がった、思った以上のボリュームであった。
実際私は初タコライスである。まぁそんな大したものじゃ無いだろと思っていたが、これがなかなか美味い。味はジャンクだが、好みである。
サルサがどうしたものか米に合う。サラダも一緒に混ぜて食べるのが美味しい。
結構な大盛りだったが、軽く完食してしまった。ハマりそうだ。
関東に戻ってから、何度かタコライスを食べたくてしょうがなくなることがあった。しかし、こちらにはなかなかタコライスを食べれるところが無いのである。24時間営業のタコライス屋さんがこっちにも出来たら絶対に通ってしまうと思うのだが。関東進出を願うばかりである。
タコライスを食べ終わり、外に出ると雨はもう止んでいた。雨による湿気でムンムンとしている。
腹ごしらえも済んだところで、海沿いを目指して出発した。

海沿いを北上している途中で、嘉手納基地の横を通った。戦車が前を横切ったり、装甲車と並走して中の黒人兵士と目があったりした。
嘉手納基地や普天間基地、他の基地もそうだが基地の門の看板に、鳥居の絵があったのは正直驚いた。
やっぱり米軍の日本のイメージは鳥居なのだろうか?国家神道を掲げて戦った日本に対する敵軍のアメリカ軍には、やはり鳥居は特徴的なシンボルに思えたのだろう。
嘉手納基地を越え、読谷や恩納辺りから海岸沿いの道路はリゾート様を呈して来た。
道路は広くなり緩やかなカーブを描く、両端や分離帯にヤシの木、ソテツが並び、ホテルは海を向いていた。
先ほどまで空を覆っていた雨雲は去り、陽射しが眩しく照らしている。
今までは観光地の沖縄を見てきたが、ここにはリゾート地の沖縄があった。

そのうちに最初の景勝地、残波岬へと到着した。残波は泡盛の銘柄としても有名である。
残波岬の先端は断崖絶壁であり、白い灯台が建っている。
崖の上から見える海の濃い青に灯台の白、ゴツゴツした岩の灰色に鮮やかな草の緑、そして真っ青な空。
一幅の絵画の様とはこういう事を言うのだろう。
ダイビングスポットでもあるのか、恐らくアメリカ人であろうダイバーがボンベを背負って海から戻ってきた。これから潜るらしいアメリカ人と途中で会話をしていたところを見ると、多分非番の米兵だろうか。
灯台の横の岩場に登り、一番高いところから眺めてみると、正面は水面がキラキラと光る海が眩しく、右方向に目をやると澄んだ海水越しに珊瑚が離れた場所からも綺麗に見えた。
左方向を見ると岬から続く海岸に、なんだか不思議な浜が見えた。高い崖である岬から水面まで下っていき、白く泡のように見える浜があった。
そこまで行けば水際から海中を眺められそうだと思い、またその浜も気になったので、私はその浜へと向かった。
照りつける太陽は、海と共にあるととても美しい光りとなるが、人にとってはとても暑い熱源であった。
しばらく歩きその浜へ着くと、浜の手前も1.5メートル程の崖というか壁が続いていた。
泡のように見えたそれは、砂などではなく泡が弾けた様な、軽石の表面の様な形をした岩地帯である。
飛び降りたら変な風に足首を曲げそうだ。しかも転んだら結構な怪我をしそうである。降りられそうな場所を見付け、気を付けながら降りると、なんだか不思議な風景であった。
手前はおかしな岩の白い浜、その先は澄んだ水から段々とエメラルドグリーンに、その先は濃い青である。
この場所もとても画になる素晴らしいところだ。
しかしそのゴツゴツした岩の浜は、スニーカーの底に突き刺さり、一歩一歩気を付けなければ足を挫きそうで、水辺まで辿り着けなかった。
だが、この残波岬の上からとは違う、素晴らしい景色を見れたことに満足し、汗をぬぐいながら車へと戻った。

車のエンジンをかけ、クーラーから出てくる冷気にホッとし、次の場所へと向かう。
次に訪れたのは、真栄田岬だ。
ここは沖縄版青の洞窟と呼ばれる洞窟が、崖の下に開いている。
本島でのダイビングやシュノーケリングのメッカとなっているようで、周りはダイビングショップだらけで、ダイバーやシュノーケリングの人達ばっかだった。
崖の上から海を覗くと、たくさんの人達が気持ち良さそうにプカプカと浮いている。
岬から見る景色は綺麗だが、きっと真栄田岬は地上からより海中からの方が綺麗なのだろう。
水着やウエットスーツ姿の人達を尻目に、私はここを離れた。

次に私は恩納村谷茶にある、元アメリカ軍核ミサイル発射台を改装した施設を訪れた。
興味ある方は調べてみてほしい。
そこは核ミサイルを中国に向けて配備されていた場所である。
今は資料館になり、平和を願う像などが設置されている元発射台は中国を向いている。
取り壊しの計画などもあったそうだが、この発射台を平和の灯台にとの願いを込め、形を変えて保存しているのだ。
中の展示は戦争の悲惨さを考えさせられる、大変心に響く物だった。

その施設を後にした私は、次の景勝地の万座毛へと向かった。
万座毛は、広く海へ突き出た崖である。万人が座れる原っぱと言う名のその広い崖の上は、いろんな植物で覆われていた。
珍しい植物も多いらしく、植物の説明が書かれた看板も、そこかしこに立っている。
もうひとつ有名なのが、象の鼻の形をした崖である。
万座毛の原っぱから見える、崖の先端を残し、ポッカリと穴の空いたその崖は、像が鼻を垂らしている形に見えるのだ。風化が作り上げた造形だ。自然というのは本当に面白いものを作り出す。
この万座毛も有名な観光スポットの一つらしく、たくさんの観光バスと、団体のツアー客で賑わっていた。
私はそのツアー客をすり抜けながら、万座毛の観光を終え、近くに見えた美しい小さな湾へと少し寄り、万座毛を後にした。