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ミッドウェーに向かう・戦艦陸奥と戦艦大和
uチューブ動画↓
ニチモ 1/500 改造 戦艦陸奥
砲塔旋回・艦内照明・カタパルト動作・煙だし・深照灯照明
船底を取り付けると RCで水上走行・防水船底
RCボトル船
シルウルス号の冒険
子供の頃の夢の冒険船
シルウルス号・・・ 全長7m 幅4.32m
撃退20mm機関砲装備
2,4G 3Ch スピードコントロールアンプ2基
540SHモーター 2基2軸推進
船体は洗剤ボトルを使用
スライド式開閉船体
波浪時の 防水に効果あります。
移動式 動画撮影クルー カメラ君
メイクバッチリのハルちゃん■サーファーギャル
サーファー トイラジの改造
市販のままの サーファーギャルは はっきり言って・・・ブス子ちゃんです。
これでは ビーチで人気者にはなれません。
まずは メイク前・・・・・
メイクしてみました。
少し自分好みのメイクになってしまいましたが・・・
RC機器も正規RCに改造しました。
モーター500クラス
戦艦 比叡 (ひえい)
大和型艦橋のテスト艦ですので 似ています。
金剛型戦艦
の2番艦。
改装時に大和型戦艦
のテスト艦として新技術が導入され、
南雲機動部隊
の一艦として行動したが、
太平洋戦争
で最初に沈没した日本海軍戦艦となった。
第一次世界大戦に参加後、
第一次改装が行われたがロンドン条約の関係で艦種を練習戦艦に変更。
昭和12月31日完成。
その後昭和11年、戦艦への工事開始、
昭和15年1月31日完成。
太平洋戦争に参加。
昭和17年11月12日、
ガタルカナル島の泊にて米巡洋艦群と戦闘、
攻撃により舵関室に浸水し航行不能となり、翌13日、沈没した。
全長 222.0m 幅 31.0m
巡洋戦艦比叡
1906年
(明治39年)10月、
日本海軍が建造中だった薩摩型戦艦
をはじめ、
世界各国の保有戦艦は前弩級戦艦
として一挙に旧式化した。
1906年
(明治39年)、
同じく英国がインヴィンシブル級巡洋戦艦
を完成させると、
「比叡」は「金剛」より10ヶ月遅れた
「卯号装甲巡洋艦」として発注・起工、
1912年
(大正元年)11日21日に
大正天皇
臨席のもと「卯号巡洋戦艦」として進水した。
この時天皇による初の命名が行われ、
「軍艦 比叡」となった。竣工は1914年
(大正3年)8月4日である。
第一次大戦
による日本の対ドイツ参戦により、
「比叡」は竣工後1ヶ月で早速東シナ海方面へ出動している。
英国は日本に金剛型巡洋戦艦4隻の欧州戦線投入を求めたが、日本は拒否した。
1916年
(大正5年)6月1日、
英国海軍とドイツ海軍の間にユトランド沖海戦
が勃発し、
ドイツ巡洋戦艦1隻(リュッツオウ
)が沈没した。
巡洋戦艦
の脆さが露呈した海戦により世界各国は同級の防御力強化対策を行ったが、日本海軍はユトランド沖海戦の戦訓を踏まえた
巡洋戦艦8隻)の建造にとりかかっており、
「比叡」をはじめ金剛型巡洋戦艦の補強を行う予算はなかった。
「比叡」は各国の思惑をよそに、
1919年
(大正8年)の北支沿岸警備、
1920年
(大正9年)のロシア領沿岸警備、
1922年
(大正11年)の青島・大連警備、セント・ウラジミル警備、
1923年
(大正12年)の南洋警備・支那沿岸警備、
関東大震災
救援物資輸送任務など、諸任務に投入されている。
1936年
(昭和11年)12月末のロンドン海軍軍縮条約切れをまって、
11月26日より呉工廠で戦艦として復活する大改装が行われた。
英国は「比叡」の再武装を在日本英国代理大使を通じて抗議し、
本艦の廃棄処分と日本政府の説明を求めた。
これに対する日本政府の返答は「比叡を練習艦として保存するという制限は、
条約の効力存続を前提とするものであって、失効後は制限も消滅する」だった。
この改装は他の金剛型戦艦が一次、二次と2回で行われた改装を一度に行った形となった。改装点は以下の通り。
第4砲塔、舷側装甲の復活。
- 水平装甲の追加(推定。他艦は第一次改装で実施済み)
- 主砲装甲を強化、前盾250mm、天蓋150mmとなる。
- その他装甲を追加する。
- 主砲仰角を43度まで増大し、最大射程は35,450mとなった。
- 副砲仰角も30度まで増大し、最大射程は19,500mとなった。
- 副砲は2門減り、14門とする。
- 主缶を重油専焼缶8基とする。
- 重油搭載量を増大、航続距離を延長した。
- 主機を艦本式タービンと交換、出力は136,000馬力となった。
- 抵抗を減少させるため艦尾を7.6m延長し速力を29.7ノットとした。
- 排水量が増大したため、バルジ を装着した。
- 12.7cm高角砲の指揮装置を九四式高射装置とする。(他艦は九一式高射装置)
- 25mm連装機銃10基を装備。
- 艦橋の近接防御用に13mm4連装機銃2基を装備(大和型と同じ装備)
- その他応急注排水装置、防毒装置などを装備した。
この工事は大和型戦艦のテスト艦としての役割も担っている。
艦橋構造物は他の艦と違い、大和型戦艦
と似た塔型構造を採用している。
艦橋トップの方位盤も大和型で採用予定の九八式射撃盤と九四式方位照準装置を、大和型と同様に縦に重ねて搭載している。
これにより姉妹艦とは艦影がかなり異なる形となった。
また主砲旋回用水圧ポンプに大和型への導入テストとしてブラウンホペリ
社のターボポンプ1台を導入し、高評価を得て大和型に3台導入された。
内部も、火薬庫冷却装置、応急注排水装置、急速注排水装置を大和型採用予定のものを組み込んでいる。
艦幅は他の同型艦より1m広い。
他の艦は改装により吃水が深くなりすぎ、
防御甲板(下甲板)が水線下となってしまった。
このため吃水を浅くし防御甲板を水線上に上げるためにとられた処置である。
バルジの幅を広くして浮力を増し、下甲板は水面より高くなった。
排水量は3万6601トンに達している。
宇垣纏
連合艦隊参謀長は、著作の中で「改造の最後艦にして最も理想化された艦」と述べている。
1939年
(昭和14年)12月5日の公試では排水量36,332トン、出力137,970馬力において29.9ノットを記録している。
有馬馨
艦長以下幹部は宣仁親王に参謀長室を提供しようとするなど気を使うことが多かったが、親王は一将校として「比叡」で勤務した。
RC 鴨 Decoy Duck
■ポッド推進モーター1基・4,8v×1~2
■2,4G・speed air ESC50
おとり猟に使われる 置物 デコイを 改造します。
切り込みを入れて
下部の ウエイトを切り離し
RC機器を 搭載する スペースを 確保
内部に防水隔壁を付けます。
推進ペラ自体左右に 動き 方向を変える ポッド推進です。
モーターは4,5v対応の水中モーター
スムーズに動くように 船底部分は平らにします。
正規RC機器を搭載します。
水に浮かばせた 状態・・・・いい感じです。
ユーチューブ動画
塗装、彫刻を して 完成です。
ついでに 小鴨も造りました。
紐でひっぱって 他RC船の救助用 ひっかけ鴨にも なります。










































































































