2020年11月29日 午後15時20分頃、母が倒れました。
脳梗塞でした。
発見は早く処置も早い方だったのですが、搬送後に激しい嘔吐があり
脳梗塞より誤嚥性肺炎で亡くなってしまう可能性の方が高いとのことでした。
まだ66歳。
倒れる1時間前まで買い物から帰ってきて普通に会話もしていたのに
あまりにも突然のことで数日間、ご飯も喉を通らず悲しみに暮れる日々でした。
倒れて約2日後、最悪の事態は避けることができたそうなのですが意識はまだ戻らず、
ここから2週間程度が山場とのことでした。
それから、母の好きな物や思い出のある物を整理するなどして待ち続け
ちょうど2週間が経った頃、容態は安定したとの連絡が入りました。
少し安心はできたのですが、意識はまだ戻っておらずICUに入っており、
このまま意識が戻らなかったら…と更に待ち続けること1ヶ月、
年も明け1月中旬ごろに、もう車椅子に座る練習などをしてる旨の連絡がありました。
ここでようやく回復の兆しが見えてきたと安心することができました。
ただ、右脳に大きなダメージを負った影響で左半身は動かない後遺症が残ってしまいました。
それでもリハビリは続き、春頃には食べ物を口からの摂取することも可能となり、
退院も近づいてきたんだなと実感しました。
ただ、稀に少量ではあるものの食べたものを嘔吐することがあったらしく、
胃や腸を検査するものの原因は分からず退院予定は更に伸びてしまい、気づけば9月になってしまっていました。
毎月リモート面会で1、2回程度タブレットの画面越しに会うことはあったのですが、
やはり夏頃は春先より動く右側の可動域も狭くなっていき弱々しく見られ口数も少なくなっていました。
病院では複数の患者さんを抱えていることもあってか付きっきりとはいかず十分なリハビリができず、
母も言葉にはしませんでしたがストレスになっていたのではないでしょうか。
このまま病院に入れておくのは自分たちや本人が辛い、
また本人も家に帰りたい旨を医師に訴えていたようで、9月29日に退院が決まりました。
そして、今日(書いてるうちに30日になってしまいましたが)、10ヶ月ぶりに直接 母と再開することができました。
身体は1周りも2周りも小さくなっており、全ての介助は必須で口数もすっかり少なくなってしまい
今まで見てきた母の姿を想うととても悲しい気持ちにもなりましたが、
生きて帰ってきてくれて直接会うこともでき、私の「おかえり」に「ただいま」と返してくれたことが何よりも嬉しかったです。
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入院中、もどかしかったのはコロナで月1、2回程度リモート面会しかできず、直接お見舞いに行けなかったことです。
コロナ前で普通に面会できた頃なら毎日でも院内のリハビリの時間以外にも部屋で色々話しかけてあげたり、
ベッドの横で簡単なリハビリができたと思います。
そうすればまた状態は変わっていたのかも…と思うとコロナが憎くてたまりませんでした。
しかし過ぎたものはもう戻ってこない…と、これも運命だと受け止めるしかありませんでした。
父は自分の妻のことだからと、主に入院中の病院との連携をやってくれ、これからの介護も自分がメインでやると言ってくれましたが
父ももう73歳。
実は101歳の祖母もおり、祖母は老人ホームに入居しているため介護の心配はないのですが
これから先のことを考えると家族の健康のこと、金銭面のことなど不安なことでいっぱいです。
お金の心配くらいはかけさせたくない…と思っていたのですが、
ここでも不運にも去年、母が倒れる数ヶ月前にコロナの影響で退職してしまったこともあり、
今年何とか再就職はできたもののとても支出を補えるほどの稼ぎはなく、
自分に対する情けない気持ちと親に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
とにかく今は皆で母をしっかりとサポートしてあげようと思います。
病院から自宅に変わったことで何か変化があれば、と期待しています。
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ただ起きたことや自分の気持ちを書き殴っただけになってしまいましたが、
読んでくださった方や似たような状況を経験した方に想いが伝われば幸いです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。