第二十三回 「ルート」
【今日の一言】
結果はなんにせよ、それが自分自身で出した結論なのです。
それに誇りを持てるようにしましょうね。
はてさて、朝方曇っていた空はいつしか快晴となり、折角持っていった傘はただのお荷物となってしまいました。
思えば昨日だって朝方は曇っていた。いや、ただ曇っていただけではない。雨特有の、あの臭いがした。分かりますよね、雨のあの、なんとも言えない臭い。あれがほのかにしたため、雨が降るだろうという予想は出来た。しかし、朝は急ぐものである。締め切り間近となった絵を完成させるため、ただひたすらだった。そう、傘は持っていかなかった。というより、忘れたと言ったほうが正しいかもしれない。その夜、大雨が降った。幸い良き後輩がわざわざ送っていってくれたので助かったのだが、傘を持って行かないときに降り、持って行くときに降らないとはどういうことだと、雲を問い詰めたい。だが雲に感情はなく、あくまでも自然現象なのである。雲を問い詰めたところで返答なんてもらえないことは分かっているし、そんなことをしている人間を見たら変人だと僕は思う。だが、夜空に想いを馳せ、夕日に向かって叫ぶ姿はとても良いものだなと、また同時に思えるのである。
長々と話してはきたが、今日はそんなことを書きたいのではない。
“歩くこと”について、今日は書こうと思っていたのだ。自分自身、ひと時の感情をそのままぶつけてしまうところがあり、それはこういった日記において顕著である。振り返って客観的に見返した時、何故このときはこんなに悲観的だったのだろう、とか、ここに書くようなことでもないと思うことは数多くある。今回のように、話がそれてしまうこともしばしばだ。もちろんだれもが皆、そういった経験はあるはずであり、決して珍しくない。ストレスのはけ口として日記を更新している人を見たことがある。その時その時は良いかもしれないが、後から振り返って見た時、自分自身に幻滅してしまう時はないのだろうか、と少し心配になったりもする。
さて、本題に入ろう。
最近は愚痴であったり、自分の思うところを他者に分かってもらいたく、そんな内容の記事が多かったと反省している。今回は“歩くこと”をテーマに、真剣に記事を書いていこうと思う。だがどうだろう。真剣に書こうとは言うものの、あと30分もすればバイトの準備に取り掛からなければならない。果たして最後まで集中して書き上げることができるだろうか。そもそも、本題に入ると言ってまだ本題ではない。
では時間がある限り、“歩くこと”について書いていこう。
自分自身、歩く速度は速いほうだと自負している。だがそれは目的地までの移動時に限るものである。動物園内を競歩のごとく歩き回り、わずか15分という滞在時間でその場を後にすることとはまた論点が違う。目的地までの移動、例えば通学での徒歩だったりがとにかく速いのだ。下手をすれば小走りと思えるような、それこそ競歩のように歩いている。時間という概念もあるが、基本“イラち”なのである。
そこで問題になる点が二つほどある。まずはスペースである。狭い通路の場合、前方にいる人を追い越すタイミングが求められる。中でも困難なのは、ど真ん中を歩いている人だ。こうなればもう意地でも左右どちらかに寄せるしかない。そう、プレッシャーである。自分自身の存在をアピールし、前方の人に気付かせて寄らせる。アピールポイントは主に足音、咳払いなど簡単なものである。だが、中にはこんな人もいるということを認識しておいてもらいたい。寄らない人だ。他者の利益など考えず、自分がよければそれで良い。そういう人物が前方にいる場合は一番困る。というよりも、諦めざるを得ない。だがもちろん、そこで反撃をしないのはストレスという点において体によろしくない。広い通りにさしかかった時でも良い、追い越し可能になった瞬間、ここぞと言わないばかりに素早く歩く。できればため息と共に。そうすることで相手に、「私は早く歩きたかったんだ」という念を送ってみよう。すこしは「やり返した感」が生まれるはずである。そしてすれ違い時もまた、難しい。下手をすれば相手と同時に道を空け合い、二人で反復横とびの練習でもしてるのですかと突っ込まれそうな、変な空間が生まれてしまう。ここは相手の膝に注目してみよう。重心を見ることで、この人は寄ろうとしているのか、してないないのかが分かる時がある。がしかし、それだけではまだ不十分だ。目を見よう。相手と目が合わなかった場合は簡単である。自分がよければそれで良い。だが問題は目が合った時だ。これはお互い様子を探り合っている象徴であり、両方共に、寄ろうか寄ろまいかを考えているのだ。この場合のタイミング取りは非常に難しいのだが、そこはアイコンタクトである。目玉を左右どちらかに片寄らせてみよう。右に行きたいなら右に、その逆なら左に。真ん中に黒目がある場合が、一番選択を間違えやすいのだ。そして最後に大勢の人が行きかうスペースである。これは前後左右の見極めが非常に重要となる。スペースはもちろんのこと、進行方向、進行速度なども踏まえた上で歩かなければ必ずつっかえてしまうはずである。これに関しては長年の経験がものを言うのでなんとも言えないが、ここをスムーズに歩けるようになったとき、きっとあなたは“歩きマスター”となっているはずである。
もう一つの問題点は、他者と一緒に歩いているときだ。明らかに歩くスピードが違うのである。黒髪美女と一緒に歩いているときは、もちろん、黒髪美女に歩幅を合わせるのが至極当然のことであり、なんなら車道側を歩いたって良い。なぜならそれは黒髪であり、美女だからである。だがそれが、やさぐれており、ボロ雑巾のようなTシャツからたまねぎのような頭が飛び出たなんとも異臭のする男であったらどうだろう。もうそうなったら一緒に歩くことはおろか、近づきたくはない。もちろん、彼は人間的にはすごく良い人であり、一緒にいるとなんでも奢ってくれるような、そんな人物かもしれない。しかし、それでもまだ近づきがたい雰囲気をかもし出している。だが論点はそこではない。ともかく、速く歩けとそう言いたくなる。ではいかにして人を速く歩かせるかだ。まずは集中を話しにもっていくこと。歩くことに集中しているから、速いと思わせてしまう。話が盛り上がっていれば、多少早くとも速足で付いてきてくれるのである。だが、盛り上がりすぎも危険だ。話の流れで「ちょっと歩くの速いよ」と言われてしまえばそれで終わりだ。それと同時に、話に“間”ができてしまっても、「速い」と言わすチャンスを与えてしまうので気をつけることだ。
延々と書いてきたが、先日こんな出来事があった。
女の子が二人いた。おしゃれな感じで、ちょっとギャルっぽい感じの子であった。黒髪美女ではなかったが。そこに少し小太りの、そこまでおしゃれとは言えない暗めの男の子が一緒に歩いていた。そこで自分自身、やはり大学は色んな可能性があり、すこし負のオーラが出ていようともあんな素敵な出会いがあるんだと、内心嬉しいのやら、その男の子が羨ましいのやら、そんな感情を持っていた。だが事件は起きた。男の子とその女の子が別れた瞬間である。わき道に入っていく男の子。しばらく時が流れ、僕は叫び声を聞いた。「一緒にいたくねぇ!!!」驚愕した。女の子の声だった。
先日、部の子達と帰っていた時があった。6~7人くらいだったと思う。途中乗り換えがあり、男は自分ひとりとなった。一緒に帰るというより、ただ同じ場所にいたという書き方のほうが正しいのかもしれないが。そこで乗り換えの時だ。全員が女性専用車両に行ってしまい、行きを失った僕はそそくさと他の車両に飛び込んだ。
小太りの男の子と自分自身を照らし合わせ、どこか同情してしまった。
長くなったが、時間も迫ってきたので今回はここまでにしておきたい。
全文読んだという人は是非、コメント欄に投稿をお願いしたいものです。
とにもかくにも、
明日も、これからも、僕は歩き続ける。
by:R.Y
