こんにちは!
随分とお久しぶりになってしまいました😭🙏

仕事の合間に久しぶりに更新しちゃいます!


四十九日法要が終わりました。

じいちゃんとの(一旦)本当のお別れ。

お盆に帰ってくるみたいだから

ほんの数ヶ月ですが(笑)


おじいちゃんという人は...

お姉ちゃんがブログに書いてくれた通りの人です(笑)


⬆️お姉ちゃんが書いてくれたブログです!
良かったらお読みください☺️


今日は
そんなおじいちゃんの背景には...という話を少しだけ。

おじいちゃんにももちろん
子供だった時代はあって、
お母さんやお父さんも、兄弟もいる訳で。

そんな平凡(か、どうかは分かりませんが)な暮らしから一変した出来事がありました。

戦争です。

おじいちゃんのお父さん(僕やお姉ちゃんからすると曾祖父ちゃん)が戦争に駆り出される事になってしまい
そのまま帰ってくる事はありませんでした。
話によると
戦地に向かう途中の船に乗ってい
その船が敵軍から攻撃を受けたそうです。
その時に曾祖父ちゃんはやられてしまい
海に散ってしまいました。
(ですが、戦地で人を殺す前に...という所は
まだ良かった方のかな、とも思いますが...)


長男だったおじいちゃんは
中学卒業後、家族を守るために、働く事を決めたそうです。

そんなおじいちゃんは

「家族を養わなければ(守らなければ)」という責任感やプレッシャーとか凄かったと思います。

こんな身近に「戦争」というものがこびり付いてるとは思わなかったし

憎しみや悲しみとか虚しさとかたくさんあります。

でもおじいちゃんはもっと苦しかったよね。


苺を作る前は米を作っていたそうです。


そこから家族を養うため、守るために

何十年と、この「小田家」を背負ってきたおじいちゃん。

そう考えると

おじいちゃんが感じた責任感やプレッシャーは

相当なものだったはず。

今まで守って来てくれてありがとうね☺️


おじいちゃんは苺もそうだけど、

みかんにも凄くこだわりを持っていて

農業やる前や、農業始めた当初は

そんなこだわる理由が分からなかった所も(力仕事だし、疲れるし(笑))あるけど

苺を始めて

色んな方に食べてもらって

色んな人に「美味しい」って言ってもらって

って考えると

おじいちゃんの気持ちが今では凄く分かるなぁ。

おじいちゃんが繋いでくれた小田家を

今度は僕、ばあちゃんや日頃から手伝ってくれるお姉ちゃん(最近は甥っ子も)と、で

守って、繋いで行く事になります。

(因みに、小田家の歴史が結構長いらしい...)


ひいばあちゃんや、向こうにいる家族と会えたかな〜。

持たせた苺とみかんをつまみにしながらたくさん話せるといいな☺️


長くなっちゃいましてすみません🙏


じいちゃん、本当にお疲れ様でした。

後は僕が頑張るから、皆と見守っててくれると嬉しいな☺️

いつでも帰ってきてもいいからね😉


ほんじゃ、一旦おつかれさまね〜!