●石川雑記帳●

●石川雑記帳●

医学博士号を取得。製薬企業に研究職として勤務。日々の雑感を書き綴ります。

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金融業の何を知ってるか?って、何も知らないよ。
僕は普通のサラリーマンで、給与が某メガバンクに振込まれるくらい。
それを引き出して、日々の生活に当てている。
あとは、趣味程度にFXもやっているけど、昔ほどの熱はない。
最近は、ブル相場(一年前と比べると円全面安)なので、とりあえず下がったら買っとこう!という程度だ。
まぁ、こんなやり方じゃあ、いつか痛い目をみそうだけど。。。


正直、金融業のことなんて、この程度しか知らないんだけど、面白いし勉強になるからtwitterでは金融業の人たちをけっこうフォローしている。
特に外資系の人たちは、良いか悪いか、深いのか浅いのか分からないけど色々知っている。。
その色々って何かって?
……世界のお金の流れから、経済政策の内容から、社畜のことから、美味しいレストランのことまで。
それはそれは、幅広い。


でも、こんなに(たぶん)博学で賢い人たちでも、金融危機の引き金を引いてしまうらしい。
僕は2ヶ月前くらいに、マイケル・ルイス氏の「ライアーズポーカー」「世紀の空売り」「ブーメラン-欧州から恐慌が返ってくる-」をまとめて読んだ。
この3冊が、ある種の壮大な経済史を描いていると言っても良いと思う。



もちろん素人の僕には、それが深いのか浅いのか、本質的には分からない。
でも、「ライアーズポーカー」では金融の中心地、ウォール街を「巨大な幼稚園」とこき下ろすあたりは、ユーモア以外の何者でもない。
本書は、著者が大学院を修了し、入社したソロモンブラザーズについてノンフィクションで描いているようだ。
一般的には、「外資系投資銀行」といえばビジネスマンのトップ中のトップという印象だけど、実は1970年代後半あたりまでは、大卒でない人たちでも入社できたのだから驚きだ。
そういえば、元衆議院議員の杉村大蔵氏だって、議員になる前はドイツ銀行で働いていたけど、ドイツ銀行で働くきっかけはドイツ銀行ビル内で清掃員をしていた杉村氏にドイツ銀行のお偉方が「若いのに君は何やってるんだ、うちで働け!」と言ったからとか。
「ライアーズポーカー」内にも近いエピソードがあって、そういう文化が現代も少なからず残っているのか?などと興味深く拝読した。

とはいえ、そんなことは本旨ではなく、書かれていることは投資銀行が、いかに強欲か!ということ。
銀行内での足の引っ張りあいもあり、いま流行の言葉で言うなら「10倍返し(半沢直樹)」と言った所だろうか。
ただし、あそこまで人情味のあるお話ではないけれど。
だって、行き着く先は、本書が当時のトップを失脚させるまでに至るんだから。
ところで、もう1つ興味深い点は、本書の中で描かれている1970年代後半~80年代前半に「モーゲージ債」という新規の債券が発明されるという点だ。
モーゲージ債とは、一般人が組んだ住宅ローンについて、その債権者から投資銀行が債権を買い取り、債券化し、一般投資家に売るという仕組みである。
この仕組みの中で、投資銀行はどうやって設けるかというと、中間マージンをとって儲けるのである。
さて、「モーゲージ債」の何が面白いかって?
実は、次に読んだ「世紀の空売り」の主役であるサブプライムショックは、「モーゲージ債」がその元凶だからだ。

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僕は、サブプライムショックについて「世紀の空売り」を読んで、初めて少しわかった気がした。
サブプライムショックは、サブプライムローンが元になっている訳だけど、サブプライムとは何かというと、プライムのサブだから、つまり劣悪なローンということだ。
それで、何が劣悪かというと、金を借りる側(=家を買う側)の経済力が劣悪ということである。
でも、経済力が劣る彼らだって家が欲しい。
それで、サブプライムローンというものが誕生したようだが、どうやら審査条件が非常に甘い。
しかし、そんなことおかまいなしに、そのサブプライムローンの債権をモーゲージ債として売り出し、一般投資家が購入し始めたから話がややこくなっていく。
さらに話をややこしくしたのは、売れないサブプライムモーゲージ債を元本と利子をバラバラにして、利子だけで売り出したり、他の元本と利子をパッケージング化して売ったからのようだ。
そうすると何が起こるか?
勘違いが起こる。
つまり、1つの債券に色々なものがパッケージング化されていると、全てのサブプライムローンが一斉にダメになるという現象が起きにくいと錯覚することだ。
その錯覚によって、通り一遍等の格付け方法しかなかった格付け会社は、AAAという最上級の格付けを当該債券に与えることになるのである。
ところが残念なことに、経済基盤が是弱な人々は、マクロの経済要因に左右されやすく、ちょっとしたことで多くの人がローン返済不可に陥ってしまうのである。

ところで、本書は「サブプライムショック」で儲けを得た3人にスポットライトを当てている点も興味深い。
最近、その名前を良く聞くようになったCredit Default Swap(CDS)が、その儲けを生み出した仕組みだ。
CDSは、いわば保険である。
Xというサブプライムモーゲージ債があったとき、当該債券は不履行に陥る可能性がある。
しかし、X'というCDSを購入しておけば、毎年いくらかの金額をCDSを作った会社に支払っておけば、不履行に陥ったときもある程度の金額が返ってくるという仕組みだ。
しかし、債券とCDSの場合、XとX’は必ずしも購入者が同一人物ではない。
Xだけを購入する人、X'だけを購入する人がいる、
そして、サブプライムショックではX'、つまりCDSを購入した人々が勝者になったという訳だ。

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さて、ところ変わって欧州の話である「ブーメラン-欧州から恐慌が返ってくる-」もサブプライムショックが噛んでいる。
あぁ、世界って繋がってるんだなぁ。と実感できる作品である。
本書では、欧州の4つの国「アイスランド、ギリシア、アイルランド、ドイツ」にスポットを当てている。
問題児の多い欧州国家、その身元引き受け人としてのドイツ。
これは、一般的なニュースをみていても分かることだが、本書はその構造を深堀している。
そして、最後にはアメリカに目を向けていく。

アイスランドの金融危機の最初のきっかけ……と言われるとよくわからないんだけど、アイルランドは2000年初頭に産業転換を図ったようだ。
それは、本書の中で「漁師たちは投資銀行家になった」と題されるように、もともとアイルランドは漁業国家だった。
ところが、漁業が不振な年が続いたときがあり、政府の介入が入った。
その介入とは、その年に予想される漁獲高を100%とし、“Aさんはそのうちの10%、Bさんは5%”というように割合として一定程度を漁獲すれば、漁獲絶対量に関係なく政府からお金が支給されるという仕組みである。
しかし、アイルランドではこれに留まらず、“Aさんの漁獲割合10%”という権利は、債券化され、漁業関係者の間で売買され始めた。
すると、債券を買い集めた漁師は、どんどん裕福になっていき、彼らの子供は高学歴となっていく。
しかし、高学歴な彼らに見合う職種はアイルランドでは少なく、金融業が華々しく登場するのである。
そして、彼らは世界中の資産を買い集め、国家全体がヘッジファンドと化していく……のだが、そこにサブプライムショックが重なり、国外の資産価値が暴落する。
このとき、アイルランドの大手三銀行の負債は、アイルランドのGDPを上回っており、銀行に資金を注入しようにも注入できず、部分的なデフォルトを起こしてしまったのだ。

ギリシアは、何が問題だったかというと、粉飾である。
ギリシアはEUに入りたいが為に、偽りの数字(財政赤字、債務残高)を並べ立てたのである。
しかし、それが政権交代であっさりと明るみに……
また、この国は徴税システムが上手くまわっておらず、癒着に次ぐ癒着があったとのことだ。
本書の中でも書かれていたが、民主主義発祥の地でこのような事態が起こることは、非常に興味深い。
そして、ギリシアの格付けはジャンク級にまで引き下げられた。
そんな放蕩息子ギリシアのケツを腹のは誰か?
後に登場するドイツである。

その前にアイルランドにも目を向けたい。
アイルランドの金融危機の原因は、端的に言うと住宅バブルのようだ。
本書によると、当時、アイルランド人の1/5が住宅建設に従事しているくらいに、アイルランド経済は建設業に依存していた。
そして、その住宅を購入した人が、元値より高額で売り払い、それを買った次の人も、その次の次の人も同様のことをし、バブルを築き上げていった。
しかし、バブルはいつかはじけるものであり、2007年から経済の落ち込みが始まり、2008年のサブプライムショックでクラッシュしたのである。

興味深いのは、ドイツだ。
欧州の尻拭い役だと思われているドイツ。
でも、本書ではドイツの二面性に言及している。
厳格で財政規律にもうるさいドイツ。
その一方で、国外では大暴れ。
アイスランドやアイルランドの銀行に金を貸して資産バブルに一役買ったのもドイツ、ギリシア国債を大量に抱えているのもドイツ、そして、サブプライム債券の損を引き受けたのもドイツのようだ。
なぜこういう役回りを担ってしまうのか?
本書での仮説は2つ。
1つ目は、外来者(国外)の持ち込むウイルスの免疫を持っていない、つまり、騙されやすい。
2つ目は、過去を洗い流す浄化装置として考えているから。
筆者のドイツ評「潔癖さと秩序に取り憑かれながら、汚物と混沌を愛でる気持ちを密かに抱いている人間」は、非常に秀逸である。

さて、最後にアメリカである。
アメリカの地方分権(地方財政)とEUを対比的にみている。
そういえば、2013年7月にアメリカでデトロイトが財政破綻したニュースがあった。
まさに、本書はそのことを言い当てており、「あなた(アメリカ)の内なるギリシア」という副題がついている。

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今回、この3冊を読むことによって、経済や債券の仕組みが少しだけ分かったような気がした。
実は、起こっている現象は、どこの国でも大抵同じで、規模の問題だけのように感じた。
ちまたでは、次に財政破綻を起こす国は「日本だ!」なんて言われている。
有名投資家が、日本国債のCDSを購入したなんていうニュースもあったり、なかったり……
最近は、世界経済が持ち直してきたようだけど次のブラックスワンはどこなのか?
日本なのか?中国なのか?中東なのか?……もしくは全く別の国なのか?
世界経済は、経済素人の僕にとっても非常に興味深い格好のネタである。



※理解が不十分で間違っている所があったらすみません。
世の中には多くの仕事(職業)がある。
仕事とは、生活を営む手段であり、会社で働く事であるという人が多いであろう。
しかし、世の中の一部には、仕事が生き甲斐だったり、夢と同義である人がいる。
又、近年はPCやインターネット環境の整備により今までと異なる働き方、つまり、会社に属さないで働き方を選ぶ人が増えてきているという。
wifi環境の整えられたスタバやファミレスなんかに行くと、PCを広げて作業に没頭している人を多く見かけるようになった。
最近は、そんな風に場所を点々として働く彼らの事をnomad worker(ノマド=遊牧民)なんて呼んだりする。
さらに、(もしかしたらノマドとは本質的には違うのかもしれないが)会社に属す事よりも、自分で会社を興すこと(起業)についても、頻繁に議論されるようになった。
2012年度は、リーマンショック後、創業件数が最大だったようだ。)


このような事が話題になる昨今、NHK(Eテレ)でも「新世代が解く!ニッポンのジレンマ“僕らの新資本主義”」という番組の中で、起業(広義には、お金との付き合い方)について取り上げていた。
番組は、出演者(元金融家で現在は企業価値を測る会社の経営者、社会起業家、社会学者、金融評論家など)の取り組みをVTRで紹介し、それをネタに出演者が議論をするという形式だった。
(実は、僕は途中からしか番組を見ていない^^;)


そこに出演していた女性の方の事業は、簡単に言うと「場所を提供する」ことが仕事のようだった。
もう少し詳しく書くと、新たな事業を創造したい個人が働ける空間を提供し、そこに集まってきた人同士が能力やアイデアを補完しあって、事業を作り上げていくHUBのような役割を担いたいとの事だった。
このような場所がある事は、能力/アイデアの補完以外にも、利点がある。
それは、投資家が投資先を探すときに、(1カ所に集まってるから?)非常に探しやすくなるという点である。
彼女の話す所によると、海外ではこのような事業incubationは頻繁に行われているようで、日本にも同様の文化を根付かせたいとの事である。
なるほど、確かに各個人が能力を補完しあって、アイデアもシェアしあって、投資家もある程度信頼の置ける投資先が見つけやすくなって、と良い事尽くめのように思える。
あぁ、なんか凄く素晴らしいようなことだなぁと思う。


ただ、僕がこういう話を聞いていると、いつも疑問に思うあるフレーズが出てくる。
それは「イノベーション」とか「世界を変えたい」という単語である。
(上記の番組でイノベーションという単語がでてきたかは、定かではないので、番組とは切り分けて考えてもらうのが良いかも……)
イノベーションとは何か?と言われると、正直よく分からないんだけど、教科書的には新機軸を取り入れて社会に大きなインパクト(価値)を起こすものらしい。
それで、TVでもインターネット上でも識者がイノベーションという単語を起業と結びつけて連呼するんだけど、イノベーションとはそんなに簡単に起こるものなのだろうか?
特にインターネットを含めた通信事業の起業で……


たしかにインターネットは、僕らの世界を大きく変えた。
例えば、googleを始めとする優れた検索エンジンのおかげで、昔ならアクセスできないような情報にアクセスできるようになった。
FaceBookのおかげで、忘れかけていた小学校の友達と繋がる事が出来た。(良くも悪くも・笑)
Amazonのおかげで、昔から欲しかった本が手に入った。
LINEの優れたインターフェイスのおかげで、連絡無精な僕でさえも連絡を頻繁にするようになった。
他にもたくさんのサービスの恩恵を受けているとは思うんだけど、マーケティング理論で言う所のイノベーターでない僕は、上記(+α)のサービス以外はピンとこない事が多すぎる。
そんなインターネット産業は、これからも成長産業であり続けるのだろうか。


インターネット上は、既にかなりの情報やサービスが行き交っており、レッドオーシャン状態だと考えられる。
よく言われる事だけど、インターネットは現実世界よりも寡占状態が進みやすいらしい。
インターフェイスが相当なレベルで改善されない限りAmazon以上のネット通販会社は現れないだろうし、SNSもなんだかんだ言ってFBが王者に君臨し続けると僕は思っている。
インターネットを通じたビジネスは、結局、現実世界のサービスを対面からインターネットへ、インターフェイスを変えて提供したというのが本質で、少なくとも一般人が生活で必要な要件というは、多く人が既に満たされてしまったのではないだろうか。
(でも、インターフェイスって凄いよね。インターフェイスが変わった事で、多くの人から広く薄く金銭を得るという事が可能になったんだもん。)


もちろん、これは僕の狭量な見方のせいで、まだまだ教育とか医療とかいろいろ変革できるものはある!と言われれば、おっしゃる通りである。
でも、インターネットはインターフェイスという考え方に立つと、現実世界での技術の進歩が根本にあるべきだと僕は思う。
僕の思い込みによる所も多分にあると思うんだけど、「起業」「インターネット」「イノベーション」の3セットの組合せは、そろそろ終焉に近づいているんじゃないだろうか。
(起業=インターネットは、在庫を抱えない素晴らしいスタイルだと思う。)
もしこれからも社会が、イノベーションということに重点を置くとしたら、もう現実(アナログ?)世界に戻ってきて、デジタル世界のようにガンガン進むものじゃないという所を確認して、技術開発をしていくべきなんじゃなかろうか。


こんな事を書くのは、僕が生物という最もアナログ(?)なものを扱う仕事に就いているからだろうか。



(それにしても、やっぱり僕の文章は不完全だと思う。
それは社会というものを広い視点で見る事が出来ていないからなのかもしれないね。
念のために書いておくが、僕は全く起業とかインターネットとかを軽視している訳ではありません。)


スポーツ漫画は、昔からみんなが大好きな娯楽の1つだと思う。
スポーツ漫画には、「巨人の星」みたいにひたすらしごき倒すスポ根系、「タッチ」のような恋愛系、「キャプテン翼」のようなアクロバティック系(?)。
そんな様々なジャンルがある中で、僕らの世代は「スラムダンク」「シュート」「Rookies」などに代表される“成り上がり系スポーツ漫画”が多かったように思う。


例えば「Rookies」だが、ある熱血教師が不良たちをまとめあげ、彼らと一緒に甲子園を目指すという話だったと記憶している。
彼らのチームが、試合でどの程度勝ち上がったかは忘れてしまったが、確かそれなりに良いところまで行ったと記憶している。
そして、最後は大団円を迎えたはずだ。
多くの人は、その話を感動で受け入れ、勇気をもらったという人もいるだろう。


ただ、僕はここに疑問を挟みたい。
主人公たちは、色々とトラブルを抱え、それを乗り越え、素晴らしい高校生活だったかもしれない。
大団円を迎えた主人公たちは、メデタシメデタシで良いと思う。
でも、しかし、主人公たちに負けたチームはどうなるのか?と考えてしまう。
敗れたチームの気持ちになるとやるせない事この上なしである。


壁となり立ちはだかる(が敗れる)チームは、たいてい強豪校と言う設定のはずである。
強豪校という事は、(私生活がどうであれ……というかライバル校の私生活なんて、あまり描かれないけど、)主人公たちが取り組む前から、一生懸命練習している設定のはずである。
きっとトータル練習量なら、主人公たちを上回るはずである。


このように考えると、スポーツ系漫画の一部(多く?)は「努力すれば報われる」と言いたいのかと思いきや、まわり回って「努力しても報われない」といっているような気がしてしまう。
いや、むしろ、それは意図的かもしれない。
努力する事はベースにあって、それでも報われない事がある。
それを漫画と言う形でジワジワ若い頃から、染み込ませるという、ある種の社会の要請が”成り上がり系漫画”を産んだのかもしれない。
……ん?ちがうって?
皆、成り上がりたいから、そんな気持ちが具現化しただけ?
さぁ、どうでしょうかね。
いずれにせよ、夢があるのか夢がないのか、僕にはよくわかりませんよ。