仕事よりもちかれた。。。
今年1番ちかれた。。。
あ~
ちかれた。。。笑
ってのもですね~
朝早起きして





まずはお店の大掃除

久々
床にWAX


おぉ

こんなに綺麗になるの

そしてお昼からは
自宅のガレージ&部屋&洗車


もぉ汗だくΣ(°Д°;≡;°д°)
肥満か・・・・

肥満だ

ひ・ま・ん

その後は
久しぶりに大好きだった
ひぃばぁちゃんのお墓参りに猪名川霊園へ

僕にとって
ひぃばぁちゃんは
とっても大切な事を教えてくれた恩人

亡くなる手前に90をこえたひぃばぁちゃんが僕に教えてくれた事
『感謝の気持ち』
以前アメブロには書いたかな

それまでひぃばぁちゃんとはちっちゃい頃を除いて全然会ってなかった。
僕が18になった時、ひぃばぁちゃんは山奥の老人ホームに入館しました。
そんなひぃばぁちゃんの面倒を見ていたのは息子(僕のじっちゃん)
だけどじっちゃんももぅ60をこえたおじいちゃんだし、なんせ山奥なんでバス停から約1時間も山登りしなきゃいけない場所だったんですよ。
場所はかなりいい施設だったんだケド・・・・
なんせ交通の便が不便すぎる






そんな事から当時まだ整備士の専門学生だった僕が毎週土曜日にじっちゃんの運転手として午前中だけ一緒にお世話をしにいく事になった。
最初の頃僕はちっちゃい頃の記憶しかないので動揺しながらもじっちゃんの身振り手振りをマネしながらお世話を手伝った。
毎週行ってるうちにひぃばぁちゃんとも慣れてきて学校やバイトの話なんかもするようになり、仲良く手も握ったり、昔のように慣れ親しんできた

そんなひぃばぁちゃんが毎週必ず僕に言うんです。
一日も欠かさず毎週帰りに。
『ホンマにこんなに幸せな生活できてるんも良ちゃんのおかげ。ありがとうね毎週。』
って。
僕は
『全然いいよ?良輔もおばあちゃんに会えるの楽しみになってきたし、車やったら近いしね
』って軽く流してた。
ひぃばぁちゃんももぅ老人。
僕が社会人になり、毎週行けなくなったと同時に亡くなった。
本当に泣いた。
自分がひぃばぁちゃんの凄さに気付いたのはそっからだったんですよね

毎週ただ車を出して老人ホームに会いに行くだけの行為。
なぁなぁにならず、毎週毎週必ず感謝できる。
それを相手に伝えられる。
当たり前のようで中々できない。
全然できていない自分がいました。
それからは
必ず
なぁなぁにならず
感謝の気持ちを相手に『伝える』ようになった。
本当に大切な事だと思う

これがなきゃこんなに素晴らしい人達に恵まれてなかったかな

だから今日もしっかり
お墓のお掃除してひぃばぁちゃんに伝えてきましたよ


『ありがとう。』
ひぃばぁちゃんのおかげで僕は幸せな人生を送ってるって


僕のパワースポットは
ひぃばぁちゃんのトコです

ずっとずっと忘れないよに
教えてくれてありがとう。