知っている人はこんにちは。
知らない人ははじめまして。
現在は都内のフィットネスクラブを中心にインストラクター&パーソナルトレーナーとして活動中の川合遼です。
いわゆる、フィットネス業界に身を置いているわけだけど、実は元々は別の畑の住人だったんです。
自省の意味も込めて、今までの人生を簡単に振り返ってみる。
進学校のひとつである私立武蔵高校を卒業後、周りに流されとりあえず東大を受験するも見事に落ちる。
「世の中そんなに甘くない」
と学んだ。と同時に、大学進学という行為の意味について考えることに。
進学校という環境にいたせいなのか、大学進学自体がひとつの選択肢に過ぎないと気付けなかったわけ。
改めて大学に行く必要性を考えてみたんだけど、どうしても見つからない。
何かを学ぶべき環境のはずなのに、何を学びたいのかが分からない。
必死に悩んでいるうちに気付いた。
「行く理由がない」
となれば話は簡単で、行かなきゃいいんだ。
周りのみんなは理由があって大学に行っているけど、自分には行く必要性がなかった。
(といいつつ、後日進学することにはなるのだけど)
じゃあ何をするか。
したいことを考えよう。
そう考えた時にはもう行動に移していた。
バイクの免許を取り、バイクを買い、走り回った。
旅行ではあったけど初めて国外へ飛び出したりもした。
様々な経験をする中で、自分の視野が広がっていくのを感じていたし、今まで自分の見ていた世界の狭さに気づかされていった。
自分が変化していくと、自分を取り巻く環境も変わるのが常で、交流を持つ方々も多岐に渡り、それこそ人とは違った生き方をしている人にたくさん出会うことができた。
そんな人に出会い、そしてまた自分が変化していく。
人と関わり、生きていく。そのことの面白さに気付いたのが20歳過ぎだったかな。
で、色んな偶然が重なり、美大受験をすることになるんだけど、その大きな理由のひとつが「そこにいる人間が個性的」なイメージだったから。
そんな奴らが集まっている空間に自分を置いてみたい。
そんな場に自分が入ることで、何が出来何が生まれるのか。
そんな理由で受験を決めたんだ。
結果、見事合格。
しかし期待していた美大という環境は、寧ろ凄く狭い世界観を持った人ばかりだった。
アート・デザインという世界の内側からしか世界を見ていない人たちばかり。
元々、大学は自費で行かなきゃいけない環境だったこともあり、早々に中退を決意し決行したのだった。
というのが、美大のデザイン科という枠組みを出るまでの大まかな流れ。
こう書いてみると意外と薄い人生だなー。