先週の日曜日、「オンラインやぎ会」でした。

、、、昨年から今年にかけて。
いろーーーーんなことが、
うっかり、、
義務感と、からまってしまい。

「あそぶ」という感覚が
あんまりなくなってきていました。

あえて、ある意味で何にも縛られない
遊びの場を、と、、。

ふっと、思いついてやろう!と思ったのが
Twitterのヤギ友さんにお知らせして
オンラインやぎ会 !
2/11と、2/21に開催しました。

ヤギ愛の超・強めぇの皆さん ^ ^
とてもゆるゆる、めえめえ楽しい時間を
一緒に過ごすことができました。


ヤギグッズをお持ち寄りくださーい!とみなさんに
お知らせしていましたが
2/21にわたしが持ち寄ったのは、、


以前、雲の形を
わたしが「かみさまの、ふでさばき」と表現したことがありました。

絵を描くかたから、
いい表現ですね、あなたの言葉なのですか??と
FBでコメントが。
そのとき、この本のことを思い出せず。
うーん、たぶん???というような
返事をしておりました。

『メメント・モリ』
昨年、この本が見つからず、、
大切なものを失った!と、
もう一冊注文したのです。

そして、ページをめくったら
「かみさまの、あたたかい小さなふでさばき」
という言葉とともに、
なんとヤギの写った写真が!

インドの農村、庭先の様子という感じ。
このページにしかヤギは写ってないのです。

(写真家さんの写真の一部を
撮って載せるのはいけないかなーと思うので
うちのメンバーの写真を)



わたしは、じつは中学生の頃から
この本と過ごしています。
「死を想え」は
ある意味人生のテーマとなっています。

わたしは、出会った瞬間から、
別離のことを思うのです。

なので、ヤギのウメちゃんにであったとき、
仔山羊たちが生まれたとき、、
うさぎのもちまるがきたとき、、
もちろん、人間の家族とも。

出会えば、別れる

ということが頭によぎります。



以前、その話をしたら、
「なんとネガティブな!」と言われたことがあるのですが、わたしからするととてもポジティブなことなので、びっくりしました。

わたしにとっては
死を想う、ということは
生を
〈かぎりあるものとして慈しむ〉
ということだからです。

なので、毎朝やぎたちを撫でるときに
別れの時にこの子をこうして撫でるかもしれない、

そのときに、この朝のすがすがしさを
思い出してくれるように

と思いながら撫でています。




みんなの生き生き走る姿を
なんとかして写したいと想うのも。
なにかそういう、心の働きがあるように思います。

先週は、とても、命について
考えさせられた一週間でした。

そしてわたしは、
ずっとこれからも
命という無常、変化と

向き合っていくのだと思います。

りょうこ