ここ数日 じつは心が落ち着きませんでした

そう、、、

せんそうが起きるかもしれないと思ったのです



そう思った日、

心の底のほうが騒いでいて。

集合意識というか、、そんな部分が

怯えているような気がしました。



どうしていいかわからなくて。

なぜか、

ネットで画像を作ったりして

遊んでいました。



(はたらいてないうちのヤギさんたち)

逃げていたのかな。



昨日、ブラザーファプカムの法話を振り返って

在る、ってどういうことだろう


行動、ってどういうことだろう


と考えていました。




法話で タイ(ティクナットハン師)は

Doing でなく、Being



「在る」を詩で表現して

長老の依頼を

受けなかったそうです。



とはいっても、、故国のために

何もしなかったのではなく、

むしろ精力的に活動し、

リスクもある学校設立などに

乗り出したというお話でした。


(タイ、という言葉には

行動する人、という意味もあるそうです)


こちらに、とても詳細な

タイの軌跡があります。






怖れからの行動だったら、、

これほど活動することは

できなかったのかも。


ベトナム戦争下、凄絶な状況です。





読んでいたら、ひとつの詩に

込められたものが大きすぎて、、。






これからしばらく、

手放せなくなりそうです。



タイの詩に触れることで、

自分のみなもとが

どこにあるか、、。


安らぎの一歩なのか。

怖れの一歩なのか。




見つめたいと思います。





りょうこ