このごろ、とてもふしぎだなーと
いろんなかたの
いろんな方向からの
言葉を読んでいます
そして、敏感な人ほど、
集合的無意識に影響されてるのかもなぁ。
と思うことがあります。
集合的無意識は、個々の潜在意識が繋がっている部分の意識です。
集合意識とも言われますね。
『神との対話2』ニール・ドナルド・ウォルシュ
のなかで、
「ヒトラーは天国に行った」という対話があり。
その部分を、はじめて読んだ時には。
なかなか理解できず、なんどもなんども読み直したことがありました。
以下、一部引用させていただきますね。
・・・・・
いいかね、ナチの運動を発展させた肥沃な土壌は、集合意識だった。
ヒトラーはそのチャンスをつかんだだけで、創り出したわけではない。
この教訓を理解することが大切だ。
・・・・・・・
さて。南阿蘇から姫路まで行って
瞑想を学んでおりますが
私の先生が繰り返し繰り返しおっしゃるのが
〈二極を越える〉
善悪というのは「ない」
ということ。
そういう視点で。
まわりの様子をじっと眺めていると
〈感情がゴチャッとくっついた意見〉というものが
あふれかえっているなあ。と。
それ自体も「悪く」ないのです。
ただ、感情が絡まっている意見、というのは
単に、〈過去、潜在意識、集合意識〉に
動かされていることも、
あるんじゃないかな。
ということ。
それが、例えば政治ならば両極、
それぞれのかたたち、
支持者が
感情たっぷりに。
何かをバカにするような口調で
罵っていたりするなあ。と。
で、それも悪くなくて。
「あらわれ」なだけなんですよね。
ただ、集合的無意識が何らかの方向へ進もうとしている感じはする。
この世界から完全に洗脳ゼロ
で生きることはそもそも、ないと思ってもいいのかもしれない。
フリーではいられないし、
「私はフリーだ、なんの考えにも左右されてない」と思ってるなら
何かずれている、のかもしれませんね。
(↑ちょっとしたコントのような感じかもしれません。笑笑)
そのことに気づいていられるかどうか。
戦争って、国民の多くが、過去から
憑依されてしまうようなものなのかもしれない。
集合意識にのっとられちゃう。
その「通路」に、敏感なかたが
なってしまっていたり。
感情が絡んでいる、ということは
潜在意識、過去と、関わりが強くあるということです。
(たとえば、親のインプットや、過去生に理由があったり。あるかたは戦争時に受けた痛みを覚えていたりするのかもしれません。あるかたは戦争時に輝かしい記憶があるということもあるでしょう)
それ自体が悪いわけじゃないんです。
でも、わたしは今に生きているのと、
のどかな感じが好きです。
意識をある程度は。
フラットに
なにものからも、憑依されずに(笑)
生きていられたらいいなあ。
と、なんとなく思います。
・・・なんとなくかい!笑
わたしの「あらわれ」は、たんじゅんで、
あったかく、周囲と笑い合えるような感じだと、
いいなあ。
と日々思っております。
りょん。








