ティク・ナット・ハンさんの本を読み直したら
初めに読んだときの感覚よりも
さらに温かさというか
そういうものを感じて
すっ、と入ってきました。

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そして、鐘の音で思考や会話を手放すようにしている、というくだりを
読んで(あっ。そうだよなぁ。常に思考を手放せてるわけじゃないんだもの)
と思って、とても気が楽になりました。

もう一度読むと、とても実践的な内容だと感じました。
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「瞑想が、うまくいっている、うまくいっていない」
というのは「ない」と頭では理解していたのですが、
どうしても二元論的な思考でとらえてしまうのです。

「わたしは、できてない・・・(しょぼん)」
「iPhone認識しない・・・(しょぼん)」笑


<呼吸を思い出す>
<気づく>

感情をまぜこぜせずに、これでいいんですよね。
それを、日常のタイミングのなかでやっていけばいいのですが

時間をとって「練習」のような形で
瞑想できてないとうまくいってない!ような
極端な思考になってしまってました。
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それから、ラジオで聴いた ロンドンにおられる比丘さん
京大医学部卒で そのままインドに行ったという方。
(お名前は作業しながら聞いていたので書き留められませんでしたが)

・・・優秀な方なんだなぁ。 
観念的な難しい話かなと
身構えつつ(笑)
聞いていたら

とっても、ふつう

そして、なにも、飾らない語り口
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そして、そこでも語られたのが
この世界は「勝ち・負け」「楽しい・楽しくない」
「できる・できない」
二元論でなりたってしまっているけれど

そこを越えてゆく価値というものがある

あるがまま
そのままである在り方を学ぶ

「今のままで何も問題はない」
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というお話でした。
思わず、涙がこぼれてしまうようなお話でした。

昨日はSNSでも、ティク・ナット・ハンさんの言葉を読んで
救われるような思いになりました。

わたしは、瞑想について、
多少はわかっていたつもりだったけど
実際にやってみると
コントみたいなことになってた、ここしばらく(笑)
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でも、二元論の世界の中にいるからこそ、
その苦しさがあって、そこから逃れたい、とも思えて、
「おかしいな」って、
わかることもあるんだろうな。

また、じっくりと
〈気づき〉
楽しんでいきたいなあ。

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(ラジオを聞いて、ホッとした日の夕方。
空に美しい鳥のような虹のような。
火の鳥みたいって思ったけど、鳳凰だって言ってくださった方も。
とにかく、美しい一瞬でした)

りょん。