地震の前後から
それまで何度も聞いて学んできたことが
くっきり リアルに感じられるように
なったように思います
ヒプノセラピーを
仲間からセッションをしてもらって
今世の私には
課題に、いつでも、
仕事がからんでいるように感じてきました
つまり仕事でしか自分を表現できない
と、どこか感じてきました
それがここしばらく
「ゆるんで」います
(「なくなって」は、ないなあ(^^;; )
ヒプノセラピーで、
前世(か、わからないけど)、
そう思えるストーリーを味わうとき
魂は
仕事での成功なんかじゃなく
何でもないこと
ただ、在ることを望んでいた
と、気づきました。
あるセッションのなかで
私は自縛霊?でした(汗)
商家に生まれ
今のわたしとは全く違うしっかりもの。
感情もほとんど感じられない女性でした。
そして、死んだ後に。
池の鯉を見たくて
庭を見ながらじっと立ってる・・
「せっかくこんな時間ができたのに
あの世に行きたくない!」と怒っていました。
講座の仲間がセッションしてくれてましたが
頑なな態度に、
えっ。と、困ってました。
(おこられてもねえ・・((((;゚Д゚))))))) )
違うセッションでは、
前世?の私から
「仏様の道に背くのでなければ
小さく生きることは
なんにも悪いことじゃない」と説得?されました。
(家族と生きることが叶わなかった人でした、
私は今世でそれができているのだから
それを一番大切にしなさい、
というメッセージでした。)
「もしあなたが、明日死ぬのなら
今日を、どう生きますか?」
これも何度も自分に問いかけてきたことですし
読んでくださっているあなたも
そうじゃないかと思います
中学生のころから
意味はよくわからないのに
繰り返し読んできた大好きな本
『メメント・モリ』藤原新也
「死を思え」
なんども意味はわからないまま
問い続けてきました
でも。わかったようで、なんとなくピンときてなかった
それは死を怖れる問いかけでなく
死というものが存在することを受け入れ
生を愛する問いかけなのでしょうね。
魂が喜ぶこと・・
あなたは、なにか思い浮かぶことが
ありますか?^ ^
わたしは。
うつくしい景色や
うつくしいものを見ることがとても好きです
植物のうつくしい姿を見ることも大好き
(美しく育てたり管理するのは苦手ですが)
写真に切り取ることがとても好きです
今週初めくらいから
「魂を喜ばせよう」と思い始めました
一生懸命しゃがみこんで撮りました
って、iPhoneのカメラなんですが^ ^
小さめの一眼レフもあるので使ってみようかな?^ ^
わたしのほんとうの望みは、
そんな、ちいさな、ちいさなこと。
そして、 その小さな ことこそが
私の、あなたの、
魂に
あたたかな灯りをともすようにも
思うのです。
りょん。





