今日は昨日の続きとして、おととい誕生日を迎えた父とゲームにまつわるエピソードを。

 

僕が子どもの頃、我が家には奇跡的に1台のスーパーファミコンが存在した。

時は90年代後半、父が会社のボーリング大会の景品でGETしてきたという代物。

 

ウチには3歳年上の姉と、双子ながら筆者自ら姉と位置付けた片割れがいた。

当時は最大でも2人プレイがMAX。しかし、その頃からリアルでは叶わないスポーツゲームにどハマりしていた俺と姉たちとの趣味は合わない。

 

そして万一、奇跡的に姉たちとの(テレビ)争いに勝ったとて、待ち受けるラスボスは父だった。

 

 

 

当時の私は今以上に不自由さが酷く、(=身体の使い方が分かっておらず)手首を返してコントローラーを持つことが困難だった。【※図1】

 

「逆手に持って親指を使ってプレイできるようにならないと、ゲームをしてはいけない」

【※図2】

 

さらに、父は口を酸っぱくして言った。

「日常生活は訓練だ」と。

 

このフレーズを何度聞いただろう。

 

もちろん反発はしたが、子どもの”欲”は凄まじい。

その後の猛特訓の末に手に入れたゲームタイムと身体機能は、現在のePARAユナイテッドでの日々に活かされている。

 

【※図2】

 

たかがゲームから今やeスポーツへ。

僕もまだまだ進化していく。