・辟召には禮をつくして賢者を求めるという中國における傳統的な君主の態度がうけつがれていると考えられる。
・徴召辟召には「命」の意味が含まれているのであって、被召者に對して強制力をもつものであったことが知られる。すなわち被召者が徴召辟召に応じないのは命を拒絶することに通ずるのであって、召者の権威を否定することになる。
・徴召に応じないことあるいは応じても禮を尽くさないことは、法制的にはすべて一律に大不敬として処断さるべきものである。それ故、後漢の処士は高節を全うするためであっても、召命を拒絶しようとすれば、法制的には大きな危険をおかさなければならなかったということができる。しかし、このおうな法的規制力はあるけれども、実際にこれが適用され、拒絶者が死刑に処されたという記録は一例もない。
・召者側の禮が完全でないから召命を拒絶するものが存在するという論法が成り立ってしまうが、自己の権威などを度外視して被召者に禮を尽くすこと、つまりこのような屈節あるいは虚己が、召者自身の徳であるという論法で矛盾でなくなる。これによって召者の権威を否定するという意識をもつことなく、被召者は自由に決定できるのである。
・被召者は法によって律せられてはいるけども、徳のものにかえって自己の心情を主として事をおし進めることができ、既成の制度に立脚し、禮制に従い、これを拡大解釈し、支配者の権威をそこなうことなく私的関係を育て、これを強化する余地を得ることができたのである。