日々忙しく、気づいたら三年以上放置してたこのブログ。

息子は中学受験を経て現在高一。

娘は中二。

思春期真っ只中ですが、元気に過ごしています。

まだ息子が五歳だった頃、趣味のキャラクター画の発表と、子育ての備忘録として始めたこのブログですが。

もうそろそろお役御免の時期になりました。

今回、ブログを製本して保存するのを機に、お終いにしようと思います。

これまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。

私にとって、このブログは大切な宝物となりました。

子供達にとっても大切なものになればいいなと思いつつ、このブログを締めたいと思います。

ありがとうございました。

おっと、いつの間にか八月も終わり、いよいよ二学期が始まりました。


今年の夏休みは久々に受験生活から解放され、帰省&九州旅行をしてまいりました。

いやあ、太った太った。


その間、いよいよ成長期に入った息子は、背が伸び、声が低くなり、

心身ともに大人の階段を登りまくってます。


まあ、それは嬉しいような、さびしいような…。



一方の娘。こちらも成長してますが、あれこれ悩み多き十歳のようで。


五年生になってから、友達とのトラブルで悩んでいる様子。


担任の先生は「気にしないこと、自分がされて嫌だったことをやり返さないこと」と。


私も一学期の間は、似たようなアドバイスをし続けてきました。


しかし、なかなか収まらず、ついに


その他のストレスも一緒になって、頻尿になってしまい、先日病院に

行ってきました。


「行きたいときに行けばいい、病気じゃないから大丈夫。

トイレの回数を気にすることないからね。」


これが泌尿器科の先生の答えでした。



そんなわけで、最近、娘と二人で病院に行ったり、ランチをしたりと、二人でいる時間が

多いので、いろんなおしゃべりをします。


やっぱり二学期が始まるということで緊張しているみたい。


ランチしながら娘に話しました。


-どんなに辛くても笑顔でいるんだよ。

実は悪口を言い返すのは簡単だけど、笑顔で居続けるのはとても難しい。

でも、それが出来たときは、きっととても成長しているはずだからね。


-長~い人生、後から振り返ったら、今ある嫌なことなんて、

きっとどうでもいい、小さなことになってる。

でもその辛い時期をどうやって乗り越えたかが大事で、

そのことは後になってもずっと自分の自信になるからね。


な~んて、偉そうに、自分のこと棚に上げて語っちゃいました。


いや、実は自分自身にも言い聞かせてるのかもな。


娘には、学生時代に私が経験したことを織り交ぜながら話しました。


フムフムと聞く娘。こんな抽象的な話、理解できているか不明ですが、

でも一生懸命聞いてくれるだけでも、ああ、こんなことも話せるようになったんだなと、

娘の成長を嬉しく思います。


ちょっとでも覚えててくれればいいんだけどな。




本当は、娘がチビだ何だ悪口を言われたら、自分のこと以上に腹立たしいのだけど、

ここは頑張り時だ!


この試練を乗り越えてごらん。


お父さんもお母さんも、どんなことがあってもあなたの味方だからね!

ここのところ色々ありまして、気づけば6月も半ばになってました。

息子の中間試験、個人面談も終わり。

あれだけ油断するな!と言ってたのに、見事に油断した息子。

中学は小学校と違うんだという洗礼を思いっきり受けました。

まあ、これも大事な経験です。

ちなみに私も中1の一学期に受けました。

こんなことが似なくても良いのに…。


さて息子、バスケ部に入りみるみる痩せて行く毎日。

あっ、これは喜ばしいことなんです。

6年生の頃は受験勉強だけの毎日。

運動不足で、すごい勢いで太っていきましたから。


疲れて帰ってくると、

学校は楽しいけど、勉強は嫌だ。

何で勉強しなきゃいけないんだ。

しんどい。

毎日ぼやく息子。

これ、私も中学生の頃に抱えた悩み。


あー、息子も中学生なんだなあと。

でもこの答え、中学生の間には多分出ないよ。

大人になってから分かることって沢山あるからね。

だから、今、私にできることは、頭ごなしに否定したり、
叱ったりせず、息子の思いに共感すること。

「お母さんもそうだった。気持ち分かるよ。」

そうやって、少しでも気持ちを楽にしてあげたいと思う毎日です。

難しい年頃だからね。
昨年から始めた、私の母校でもある、息子の小学校のPTAのお仕
事が
今日ですべて終了しました!


学校分校化で縮小されるため、PTAの規約・組織全てを見直すの
がお仕事。

委員の数や保護者の仕事を減らしてスッキリさせました。(させたつもりです)

もう卒業してしまったので、新しくなったPTAを経験することは
できず、
これからうまく機能していくのかが不安で、
何だか申し訳ない気もしてますが、やれる限りのことはやりました。

この9か月すべてが順風満帆に行ったわけがなく、色々大変なことや
嫌な思いもしましたが、楽しかったこともたくさんあり、
無事に終了してホッとしています
沢山の人と知り合うこともできたし。


何もやらないけど、文句ばかり言う人もいる。そんなことも再認識(笑)。

そして何よりも、時々、息子の学校での様子をのぞき見できるのは
面白かった(笑)

ただ4月に入ってからは、息子は卒業しているのに学校に顔を出す
のが
実に心苦しかったし、行きたくなかった。

いつまでも卒業生の保護者が学校に出没するのは、良くないと思うんですよね。

でも、これでようやく本当に卒業。

もうあの学校に行くのは選挙の時くらいでしょう。

明日からは、「在校生の保護者」でも「卒業生の保護者」でもなく
また昔のように「ただの卒業生」として、母校を見守りたいと思います。



入学して早二週間。


息子もだいぶ学校生活に慣れ、スラムダンクの読み過ぎからバスケットボール部への

入部を決めました。


運動神経のかけらも無い我が家で、運動部に入るとは、なんとまあチャレンジャー

なこと!!


私は高校時代、バスケの授業で、誰も私にボールを回してくれるわけがなく、

コートの端っこで「欽ちゃん走り」をして、見てる人たちを笑わしてましたからねえ。


万年ベンチウォーマーになるか、運よく入部者が少なく、レギュラーになるか

分かりませんが、体を動かすのはいいことだし、まあ、頑張ってもらいたいと思います。



前にも書きましたが、息子の学校は付属小学校からの進学組と、中受組がいるわけですが、

私は息子の入学前に心配なことがたった一つありました。


クラスの中が、進学組と中受組で分かれてはしまわないかと。


というのも、同じ付属校で中学を過ごした私には、女子だけだったせいか

やはりそういうのがあったんです。


次第に混ざり合うわけですが、始めは二つに分かれちゃって。


クラスの中心も始めは付属からの子。


今となってはそんなことどうでもよいことで、みんな仲がいいですけどね。



で、心配で息子に聞いてみると


「そんなこといちいち聞かないでよ。第一、そんなことどうでもいいじゃん!」


あらま、それは失礼いたしました。


おっしゃる通りで。


と言うわけで、息子は全く気にせずに交流しているようです。


男の子はそういうところがいいですね。さっぱりしてて。


女子、女性の方がそういうどうでもいいこと気にしちゃうんですね。


私の心配も杞憂に終わり。よかったよかった。



男子校を思いっきり満喫している様子。


毎晩、学校での話を聞くのが楽しみです。

先日無事に入学式が終了。


この入学式に参列するために、ま~、どれだけ長い道のりが

あったことか。苦労しましたよ~。


桜がかなり散ってしまったのは残念でしたが、素敵な入学式でした。


私は久々に母校の校歌を歌い(忘れてた部分もあってけど)、

心新たにスタートを切りました。



さて、当の息子。


少しずつ友達を作り始め。


中学受験で入ってきた子とは塾の話。


付属小から上がってきた子とは、塾以外の話。


色々な話題を見つけて、毎日友達作りを頑張っているようです。


この付属小は娘が在学中の学校ですから、息子もある程度様子を

知っているわけで、それは息子にとっては救いだと思います。


娘にとっての「先輩」や、「友達のお兄様」が息子の同級生になり、

親である私も安心です。



今日は自己紹介で


「僕は小学校の時に〇〇(実名)とか師匠と呼ばれていました。」


と話すと、早速あだ名が


「師匠」になったらしく、みんなから呼ばれ始めたとのこと。



ほんの二か月前、それぞれにドラマがあり、苦労して入学してきた中学。


あの頃のことが、だんだんと遠い過去の事になり。


息子は、今いる環境を精一杯受け止め、満喫しようとしています。


今はまだ、帰宅後は地元の友達と遊んでいますが、


息子の表情は実に楽しそう、生き生きとしています。


ああ、この表情を待っていたんだよね。


よかったなあ。

ここ数年、春休みといえば春季講習。


暇な娘は、お友達とスキーキャンプというのが定番でした。


がしかし、この春休みは久々に勉強から解放され、


子供達は初の海外、ハワイに行ってまいりました。


ハワイは私が一番好きな場所なんです。



これまでの我が家の旅行と言えば


京都・奈良・岡山・広島・・・と


修学旅行のような内容。


これには意味がありまして。。。


子供といえども、まずは日本の文化をきちんと理解させることが一番。


日本の文化を理解せずに、海外に行っても、大事なことを得られないと。


つまり、うわべだけの英語を話せても、日本人としての自覚・誇り・知識

がなくては全く通用しない。



そのためには、とにかく日本の文化・言語を大切にすべき。



これは、外資系企業で働いてきた私の父、幼少期を海外で過ごした私

が常々感じていることなんです。


あっ、これはあくまでも我が家の考え方ですからね。


他のご家庭には、他のご家庭の考え方がありますから (^-^)/。



ということで、まあ今回、海外に行ってもいいかなと言う時期に達したことと、

あとは「家族みんなお疲れ様旅行」ということで行ってまいりました。



私は初の、ハワイの空の下でのフラダンス。


ホテルの無料サービスなので、初心者コースでしたが大満足。


娘と私でおそろいのワンピースやサンダルを購入し。


夫と息子はおそろいのエアジョーダンを購入し。


子供達も特に大きな喧嘩をすることもなく。


最高の五日間でした。



子供達は、海外の文化を新鮮に感じ、それはそれでいいね~と思いつつ、

一方で日本の文化の良さを再認識。


4月から英語を学ぶ息子は「案外、英語って難しくないかも」ということを

知ることができ。


教育的にも(笑)、意味のある旅行になったと思います。



息子は帰国後も毎日、友達と遊びまわり、汗びっしょりになり、

なんと痩せました!


全く勉強はしていません。


さあ、こうやって今は遊び放題の息子ですが…。


あと10日足らずで入学式。


中学に行ったら、私は一切勉強の面倒は見ません。


これからが勝負なのですぞ!



卒業。


親バカな私は、ここ数日、この言葉を思うだけで涙ぐんでおります。


卒業なんですね。。。


そして卒業式、号泣でしたよ…。



長かったなあ、6年間。


早く卒業してほしいと思ったこともあったし、転校させたいと思ったこともあったけど。


いよいよ、本当に私の手の中から巣立っていく感じ。


ああ、ふりかえれば・・・。


一年生。


上級生にいじられながら下校して、泣きながら帰ってきた息子。


担任の先生が「犯人」捜しに一生懸命になってくださいました。



二年生。


ついに我が家にもやってきた学級崩壊。


6月いっぱいで辞めてしまった担任の新人先生、私たち夫婦・親子は大好きでした。


何とか無事に人生を乗り越えていてほしいと思います。


そして今、どこで何をされているのかとっても気になります。


学級崩壊の責任は「親」です。強いて言えば母親です。


私は、あのときの母親たちの学校への無関心さ、その一方で何とかしようとする

私たち母親への冷めた目線、あれは忘れられません。


三年生。


ようやく、やっと小学校生活を楽しむことを知った息子。


親友が引っ越してしまい、落ち込んでいた息子でしたが

次第に息子らしさを取り戻しました。


そしてようやく小学校を楽しみ始めました。


きっかけは、担任の先生も息子と同じ「車好き」だったこと。


少しずつ思春期の入り口にさしかかっていたこの時期。


でも若く、溌剌とした先生はおおらかに接してくださり。


いつも笑ってくださいました。


今もずっと感謝しています。


そして9月に入塾。


9歳の受験生が誕生したのがこのころです。



四年生。


担任の先生は女性の先生。


私が友達だったら、きっと仲良くなりたいなと思うタイプ。


息子もクラスの中で目立つ場面が増え、思いっきり楽しんでました。


先生は息子の長所を本当に理解してくれていました。

でも、科目によっては理不尽な先生に教わることもあり。


「大人はみんな正しいわけじゃない」と言うことを知った一年でした。



五年生。


この年も女性の先生。


親子ともに大好きな先生の一人です。


息子へのプチイジメもどきもあったり、プチ登校拒否もあり、 クラスも年中もめ事がありましたが、


本当に先生のおかげで成長させてもらえました。


先生は本当に気さくに私たち親にも接してくださり、この先生なら大丈夫!

という先生でした。


そして、学校のお祭りで、クラスの有志の男子で踊ったマイケル・ジャクソン。


先生も親も、子どもに一任。衣装以外は口出しせず。


本当に勉強になったし、息子の小学校生活で一番の思い出になりました。


息子が羨ましくなったくらい、輝いていました。


運動会は学年のセンターで踊り、放送委員で初の実況。


これ以上ないくらい、充実した小学校生活だったと思います。


今も先生に会うと、感謝の言葉や話したいこと沢山で、涙ぐんでしまいそうです。



六年生。


担任の先生はベテランの男性の先生。


始め、息子はいい距離感がわからなくてかなり悩んでいました。


でも私は「先生は絶対大丈夫。」と言い続け、案の定、今では

大好きになっています。


思った通り、息子のことをよくわかっています。


親子ともに信頼してます。



そして演劇部部長。放送委員。


いろんな肩書きがついてきましたが、一番はやっぱり受験生。


これまで書いてきましたので、詳しくは書きませんが


小学校生活と受験勉強の両立。


夏の塾の合宿では、喘息の発作で苦しみ、ほとんど寝ずに10時間の授業へ。


普段の睡眠時間も足りず。


でもそんな息子を支えていたのは「受かるんだ!」と言う気持ち。


成長しました。誇りです。




先日、「巣立ちの会」と言うものがありました。


子供が授業で作った五・七・五のうたに、


親が内緒で続きの七・七を作って、その会で発表するというもの。


素晴らしい企画でした。


聞いたときから泣きそうな企画でした。


息子の句は


「父と母 全ての事に ありがとう」


その返答句。


夫婦で決めました。


「笑顔の君を 誇りに思う」


その笑顔は


小さいころの楽しそうな笑顔


運動会でソーラン節での笑顔


学校の祭りでマイケルを踊ったときの笑顔


そして何よりも


息子の第一志望(二月一日校)を受けて、会場から出てきたときに


見せてくれた、あの笑顔。


一生の宝物の笑顔。




沢山の笑顔、沢山の泣き顔を見せてくれた六年間。


ありきたりの言葉だけど・・・


一生の宝物です。


子供の卒業って、自分の卒業よりずっと宝なんですね。

これからのお話は一月に書いたものです。


二月入試本番前にアップすると、なんとなく良くなくないかな~と思い、

これまで載せていませんでした。


ではでは、ご覧ください。



いよいよ一月入試。


といっても、ここは地方の学校なので通うことはできず、二月の第一志望に向けて

試験慣れするために受験します。

(すみません、こちらが本命の方もいらっしゃるのに)


初回に、満員電車に乗せて風邪でも引いたら大変!と、受験ではタブーかもしれませんが

夫の運転する車で会場へ。


車の中で聴く曲はマイケル・ジャクソンのスムースクリミナル。


5年生の時に、息子が学校のお祭りで友達と踊って大好評だった時の曲。


息子お気に入りの曲。


夫が前日にこの曲が一番にかかり始めるようにセッティングしていたようです。


曲がかかりだしたら、なんだか私ウルウル来ちゃって…。


5年の時を思い出したり、ああ、いよいよだ、って思ったり。頑張ってきたな~って。


早めに会場に着いたので、車の中で待機。とりとめのない会話。


いよいよ8時。会場へ向かいます。


すると、息子の塾からの応援団はたった一人(結構大規模塾なのですが…)。


息子が4年生からお世話になっている算数の先生です。


固い握手。「みんなの分の力を持ってきたよ」と先生。


息子のために来てくれたんです。もう、感謝感謝!


そばでウルウルしている夫。さあ、いよいよなんです。



控室でもとりとめの会話。そして息子、試験会場へ。


その息子の後ろ姿。ほんとにたくましくなりました。


じっと見つめる私たち夫婦。きっと夫も涙ぐんでいたことと思います。


その後、夫婦でデニーズに朝食を食べに行ったのですが、

何だか会話も少なく、食べた気がしないまま、夫は先に車で帰宅しました。


私は控室で読書。娘が読んでいた、重松清の「とんび」を借りてきました。


これはこれで感動的で、控室で何回か涙ぐんじゃって。何やってんだ、私。


一科目ごとに子どもたちは控室に戻ってくるわけですが、そのたびに聞こえる

周りの

「余裕、簡単だった。」と言う声。


すみません、言葉は悪いですが、私にとってはウザかった!!の一言。


幸い、息子は聞いてなかったようなのでいいのですが。


こんな感じで試験終了。息子の反応はまあまあ。


まあまあか…。




そして数日後。合格発表。


予感はしてました。


ホームページから受験番号入力。


現れた文字は


「不合格」


やっぱり…。でもなんで?あんなに頑張ったのに!


色んな気持ちが交錯して涙があふれてきました。


とても冷静になれず、塾には夫から電話してもらいました。


まもなくして塾の自習室にいた息子から電話。


これも夫から伝えてもらいました。残念だったよと。


そして夫が塾に迎えに行き、帰宅した息子。


当たり前ですが、落ち込んだ様子。


「第一志望じゃなくてよかったね。」


こんな気の利かない言葉しか出てこない。


もう私、こんなときどうしたらいいかわからない。


もう何言っても伝わらないから、思いっきり息子を抱きしめました。


すると、私の胸でヒックヒック泣き声が。


そりゃそうだよね。悔しかったよね。受かりたかったよね。


私はかつて幼かった息子にそうしたように、ただただ背中をさすったり、手のひらでとんとん

叩いたり。


ずいぶん大きくなったなあ、たくましくなったな、息子の背中。


背だって、かなり私に近づいてきてる。


でもまだ12歳なんだよね。


重すぎるよね、残酷だよね。


あんなに努力してきたことが、一瞬で否定されるんだもの。


「きっとねえ、お天道様が、あなたの行く学校はここじゃないって言ってるんだよ。」


「きっとお天道様は、あなたは点数がいいとすぐ油断するのを知ってるから、わざと

不合格にしてくれたんだよ。」


「絶対、あなたにぴったりの学校が待ってるから大丈夫。」


ただただ「大丈夫」を連呼するしかありませんでした。


泣いたらすっきりしたのでしょうか。


夕飯後は第一志望、2月1日に向けて勉強を再開しました。


本当に偉い。


強い。


私もいつまでもクヨクヨしていてはいけません。


そんな私を見て、一緒にお風呂に入った娘が言ってくれました。


「お兄ちゃんの試験が終わるまでは、明るく、楽しく行こうよ。」


その通りだね、ありがとう。


きっとこれはお天道様がくれたプレゼント。


辛いことがあった後には、絶対いいことがある。


まだ本番はこれから。


頑張る!

息子の志望校は4年生のころに決まっていました。


理由はオットの大学の後輩になりたい、我が家によく遊びに来る

オットの大学サークルの友人のようになりたいと思っていたのがきっかけでした。


その後、社長になって、ランボルギーニやフェラーリに乗りたいという夢を持つようになり。


そのためには、オット出身の大学に行って経営学を学びたいとなり。



私も当初、同じ思いでしたが…。


その学校に見学に行くたびに


違う、なんか違う。


違和感を覚えずにはいられませんでした。


もちろん入学できたら、こんな有難いことはなく、万々歳な学校なのですが。


これ、母親の直感っていうんですかね。


入学後の息子の姿が想像できず、仮に入学しても馴染めない

辛い思いをするのではないかと心配でした。


一方、結果的に息子が入学することになった学校は。


行くたびにしっくりくるものがあり、息子の姿も想像できて、

きっと楽しめるに違いないと確信してました。



もちろんこの思いは、第一志望まっしぐらの息子には伏せていましたが。


負け惜しみ、負け犬の遠吠え、なんと言われても構わないのですが、

これ、本当なんです。


このことは6年生になってからの一年間、学力的に息子の第一志望合格が難しいこともあって、

何度もオットや親しい友人に相談をしてきました。


「息子と私の第一志望が一致しない。」と。


でもみんなの答えは同じ。


「息子の想いを貫き通させるべき」


そうですよね。


6年の4月からは、塾でその学校(第一志望校)のコースにも入ることができ、

さらに息子のモチベーションも高まったので、このまま初志貫徹させることに。


でもそれ以降も、息子の成績が下がるたびに、1日校の第一志望校を

変更するべきではないかと、私は何度も悩みました。


その度にオットに説得され…。


でもとにかく「この学校に行きたい!」と頑なな息子の前では、

一切その思いは伏せていました。



そして結果、第二志望の、私がしっくりきていた学校に合格。


私の立場からすれば、理想通りになったわけですから大喜び

していいはずなのに。。。


なぜか何か心に引っ掛かる…。


なんだろう。


これね、色々考えてわかったんですが。


やっぱり母親としては、それがどこの学校だろうと、本人の思う第一志望に

合格させてやりたかったんですよ。


第一志望校のグッズをそろえて、塾のその学校コースに入って、

「〇〇中学合格するぞ!!」と叫んでいた息子に、

その夢をかなえさせてあげたかった。。。


その悔しさは残りました。


だからなのか、受験がすべて終わった翌日には、今までのテキストを全て

処分しました。


「〇〇中学コース」と書かれたテキストを一番に処分しましたよ。。。


そして、何十冊と読み漁った中学受験本は、

第一志望に合格した人の本から処分していきました。


私って、セコイというか、格好悪いなと思いながら。



今はすっかり気持ちを切り替えていますが、


情けないことに、数日その思いを引きずってました。


息子は今は全く未練がないようで。


入学する学校に対しての愛校心が日々高まっている様子。


ちなみに息子に、「どれくらいで気持ちが吹っ切れたの?」

と聞いたところ


「うーん、駐車場で車に乗ったころかな。」と


それね、不合格を知ってからわずか1時間後のことなんですよ。


早っ!!



毎週、同じ第一志望校のコースに通って、見事に合格した塾の友達と

年中一緒に遊んでますし。


そのお子さんの家に行って、合格した人たちの記念写真を見せてもらったり

してるようですから。


案外、男の子はそういうことが平気なのかもしれません。


いいですね。こういうの。


きっと息子も全力を出し切ったから、後悔していない証拠だと思います。


この二人の友情がこれからも続くといいな。


そんな風に思う今日この頃です。