大相撲の野球賭博事件で、元大関・琴光喜から口止め料名目で現金を脅し取ったなどとして、恐喝罪などに問われた元力士古市満朝被告(39)の公判が15日、東京地裁(登石郁朗裁判長)であり、検察側は懲役6年を求刑、弁護側は全面無罪を主張して結審した。判決は10月7日。
検察側は論告で「野球賭博をばらされたくないという弱みにつけ込んだ陰湿な犯行。計画を立案した被告が首謀者で、責任は重い」と指摘した。
弁護側は最終弁論で「被害者の元琴光喜や共犯者らの供述調書は信用できず、立証は不十分だ」と反論。古市被告は最終意見陳述で「野球賭博で脅したことは一切ない」と述べた。
(この記事はスポーツ総合(スポニチアネックス)から引用させて頂きました)
検察側は論告で「野球賭博をばらされたくないという弱みにつけ込んだ陰湿な犯行。計画を立案した被告が首謀者で、責任は重い」と指摘した。
弁護側は最終弁論で「被害者の元琴光喜や共犯者らの供述調書は信用できず、立証は不十分だ」と反論。古市被告は最終意見陳述で「野球賭博で脅したことは一切ない」と述べた。
(この記事はスポーツ総合(スポニチアネックス)から引用させて頂きました)
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女子サッカーの沢穂希(さわ・ほまれ)選手は、生まれた年がお米が不作だったので、どうか稲穂がぎっしり詰まった豊作の年が来ますように、続きますようにという願いを込めて、穂希と名付けられたのだという。いい名前だよねえ。
手元の「漢字源」(学研)で“希”という字にあたってみたら、この字は、巾(ぬの)にメを2つ重ねたかたちで、メが詰まってほとんど隙間がない織物を表しているという。稲穂がそういう状態でびっしりというのが、沢選手の穂希という名前なのだ。
じつにいい名前なので、これからは、生まれた子供に穂希と名付ける親が増えそうな気がする。女の子はもちろん、男の子に付けてもしっくりくる名前である。
と、同時に、自分の持ち馬に「ホマレ○○」や「○○ホマレ」と名付けるオーナーが増えるのではないだろうか。
若駒の登竜門の一つである朝日杯3歳S(現・朝日杯フューチュリティS)を例にとると、名前にホマレと名の付く馬の出走例は、これまでに8頭。以下のとおり、そのほとんどが昭和の時代の馬である。
昭和24年 アヅマホマレ 1着
〃 25年 ヒロホマレ 7着
〃 28年 ホマレオー 7着
〃 36年 シモフサホマレ2着
〃 38年 ツキホマレ 3着
〃 39年 シナノホマレ 10着
〃 43年 ホマレコガネ 12着
平成8年 アサカホマレ 16着
ご覧のとおり、平成に入ってからはアサカホマレだけ。京都の芝1600メートルにレコードを記録した馬で、朝日杯で3番人気に支持されたが、逃げて大バテしてシンガリだった。
ホマレと名の付く馬の出世頭は、ホシホマレ(オークス)、ミナミホマレ(ダービー)、ジツホマレ(オークス)、ダイゴホマレ(ダービー)、ホマレボシ(有馬記念)で、いずれも昭和30年代までの馬。沢穂希選手が、ホマレの新時代をもたらすだろうか。期待して待とう。(競馬コラムニスト 井崎脩五郎)
(この記事は競馬(産経新聞)から引用させて頂きました)
手元の「漢字源」(学研)で“希”という字にあたってみたら、この字は、巾(ぬの)にメを2つ重ねたかたちで、メが詰まってほとんど隙間がない織物を表しているという。稲穂がそういう状態でびっしりというのが、沢選手の穂希という名前なのだ。
じつにいい名前なので、これからは、生まれた子供に穂希と名付ける親が増えそうな気がする。女の子はもちろん、男の子に付けてもしっくりくる名前である。
と、同時に、自分の持ち馬に「ホマレ○○」や「○○ホマレ」と名付けるオーナーが増えるのではないだろうか。
若駒の登竜門の一つである朝日杯3歳S(現・朝日杯フューチュリティS)を例にとると、名前にホマレと名の付く馬の出走例は、これまでに8頭。以下のとおり、そのほとんどが昭和の時代の馬である。
昭和24年 アヅマホマレ 1着
〃 25年 ヒロホマレ 7着
〃 28年 ホマレオー 7着
〃 36年 シモフサホマレ2着
〃 38年 ツキホマレ 3着
〃 39年 シナノホマレ 10着
〃 43年 ホマレコガネ 12着
平成8年 アサカホマレ 16着
ご覧のとおり、平成に入ってからはアサカホマレだけ。京都の芝1600メートルにレコードを記録した馬で、朝日杯で3番人気に支持されたが、逃げて大バテしてシンガリだった。
ホマレと名の付く馬の出世頭は、ホシホマレ(オークス)、ミナミホマレ(ダービー)、ジツホマレ(オークス)、ダイゴホマレ(ダービー)、ホマレボシ(有馬記念)で、いずれも昭和30年代までの馬。沢穂希選手が、ホマレの新時代をもたらすだろうか。期待して待とう。(競馬コラムニスト 井崎脩五郎)
(この記事は競馬(産経新聞)から引用させて頂きました)
/マヤノトップガン THE ALLROUNDER |
日本中央競馬会(JRA)は16日、1998年に皐月賞と菊花賞を制したセイウンスカイが同日未明に心臓発作のため死んだと発表した。...2001年に引退後は北海道で種牡馬となっていた。 ...つづき・・・
(引用元:この記事の著作権は、時事ドットコムに帰属します。)
(引用元:この記事の著作権は、時事ドットコムに帰属します。)
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後半戦に入って好調な打撃を維持するアスレチックス・松井。7月末のトレード期限が終了しても、移籍の噂が絶えない。ここに来て、複数の米メディアがヤンキースのウエーバートレードによる松井獲得の可能性を報道。主砲A・ロドリゲスが右ひざ手術で故障者リスト(DL)に入っている上に、違法賭博に手を出して今後のMLBの調査次第では長期の出場停止処分を科される恐れもある。さらにDHポサダも極度の打撃不振。手薄な攻撃力の穴埋めとして勝負強さを発揮する松井獲得に動くとみられている。
松井の移籍が実現すれば、2年ぶりにピンストライプに袖を通すことになるが、ここに来て手ごわい相手が現れた。メジャーを代表する長距離砲が移籍市場に出回り始めたからだ。
昨季のア・リーグ本塁打王(54本)でブルージェイズの主砲ホセ・バティスタ外野手(31)と昨季のナ・リーグMVPであるレッズのジョーイ・ボットー内野手(27)だ。両チームともプレーオフ進出が絶望的で、人件費削減のため主砲を手放すという。
特に今季リーグトップの33本塁打を放っているバティスタは現在のヤンキースのチーム事情に合致する。本職の右翼以外に三塁もこなし、今季も25試合にスタメン起用され、205回で2失策(守備率9割7分5厘)とまずまずだ。バティスタの長打力はA・ロドリゲスと比べても遜色なく、加入すれば主砲の穴埋め以上の活躍が計算できる。A・ロドリゲスの復帰後には本職の外野で起用すれば、ポジションはかぶらない。年齢的にも円熟期を迎えるだけに、ヤンキースにとっては残りの年俸(4年で40億円)など安いもの。ヤンキース・キャッシュマンGMが松井よりもバティスタを獲得した方が得策と判断するのではないか。
プレーオフの出場資格は8月31日の時点で25人枠に入っていることが条件だ。松井が古巣復帰を果たすには打ちまくるしかないが、残された時間は少ない。
(日刊ゲンダイ2011年8月13日掲載)
(この記事はスポーツ総合(日刊ゲンダイ)から引用させて頂きました)
松井の移籍が実現すれば、2年ぶりにピンストライプに袖を通すことになるが、ここに来て手ごわい相手が現れた。メジャーを代表する長距離砲が移籍市場に出回り始めたからだ。
昨季のア・リーグ本塁打王(54本)でブルージェイズの主砲ホセ・バティスタ外野手(31)と昨季のナ・リーグMVPであるレッズのジョーイ・ボットー内野手(27)だ。両チームともプレーオフ進出が絶望的で、人件費削減のため主砲を手放すという。
特に今季リーグトップの33本塁打を放っているバティスタは現在のヤンキースのチーム事情に合致する。本職の右翼以外に三塁もこなし、今季も25試合にスタメン起用され、205回で2失策(守備率9割7分5厘)とまずまずだ。バティスタの長打力はA・ロドリゲスと比べても遜色なく、加入すれば主砲の穴埋め以上の活躍が計算できる。A・ロドリゲスの復帰後には本職の外野で起用すれば、ポジションはかぶらない。年齢的にも円熟期を迎えるだけに、ヤンキースにとっては残りの年俸(4年で40億円)など安いもの。ヤンキース・キャッシュマンGMが松井よりもバティスタを獲得した方が得策と判断するのではないか。
プレーオフの出場資格は8月31日の時点で25人枠に入っていることが条件だ。松井が古巣復帰を果たすには打ちまくるしかないが、残された時間は少ない。
(日刊ゲンダイ2011年8月13日掲載)
(この記事はスポーツ総合(日刊ゲンダイ)から引用させて頂きました)
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21日の札幌記念に出走を予定していた今年の宝塚記念優勝馬アーネストリー(栗・佐々木晶、牡6)が、同レースの登録を見送った。同馬は函館競馬場に入厩して調整され、札幌記念連覇を目指していたが、12日の調教後に左前脚の球節に腫れが見つかった。
「症状としては、軽いねんざだと思います。秋もあるので、今回は無理をしないことにしました」と佐々木晶調教師は説明。
今後は様子を見ながら調整され、産経賞オールカマー(9月25日、中山、GII、芝2200メートル)を使うか、天皇賞・秋(10月30日、東京、GI、芝2000メートル)に直行するかを決定する。
(この記事は競馬(サンケイスポーツ)から引用させて頂きました)
「症状としては、軽いねんざだと思います。秋もあるので、今回は無理をしないことにしました」と佐々木晶調教師は説明。
今後は様子を見ながら調整され、産経賞オールカマー(9月25日、中山、GII、芝2200メートル)を使うか、天皇賞・秋(10月30日、東京、GI、芝2000メートル)に直行するかを決定する。
(この記事は競馬(サンケイスポーツ)から引用させて頂きました)
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≪小倉競馬出来事≫ 【競走除外】▽1R…ヒノクニリョジョウ(馬場入場後に右肩ハ行)つづき・・・
(引用元:この記事の著作権は、スポーツニッポンに帰属します。)
(引用元:この記事の著作権は、スポーツニッポンに帰属します。)
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ふるまい よしこ(フリーランスライター)
今年の7月は中国にとって騒がしい一カ月だった。7月1日の中国共産党建党90周年記念祝賀はすでに予想されていたものだったからまだいいとして、その晴れがましい場に姿を見せなかった江沢民元国家主席の死亡説が第二週に流れ、世界中で大騒ぎになった。そして月末の22日には12年間にも渡る攻防戦の末、巨額の密輸容疑で指名手配されていた頼昌星が、政治難民申請をしていたカナダから強制返還されて帰国した。翌23日に起こった高速鉄道の大事故ですっかりかき消されてしまったが、本当ならその日から(政府の禁令が出るまでは、という条件付きだが)熱き頼昌星報道が始まるはずだったのだ。
頼昌星は1958年福建省生まれ。94年に同省の貿易港アモイに設立した「遠華グループ」を利用して、99年に密告により事件が発覚するまでの5年間に総額530億元(約77億6千万米ドル)の物資を密輸し、合計300億元(約44万米ドル)を脱税していたとされる。中央当局はのべ3千人の係官をアモイに派遣、その後同地の税関、市政府、銀行など100人近い人たちが有罪判決を受けた。一方、頼と妻子はすでに取得していた香港のパスポートを手に中国と犯罪人引渡条約を結んでいないカナダに逃亡、そのまま観光ビザが切れた後も「帰国すれば政治的迫害に遭う」ことを理由に難民申請をしていた。
政治難民申請の根拠は、中国における密輸・脱税事件に関する当局の捜査がまだ終わらず、頼の手元にはアモイ市政府を超えた、もっと上の当時の政治指導者層が事件に連座することを示す証拠があり、彼らに狙われているというものだった。現実に彼は当時の江沢民国家主席や朱鎔基総理の周囲、そして江沢民派とされる重鎮、賈慶林氏や曾慶紅氏らの秘書と親しかったとされる。つまり、頼がそのまま中国からの要請によって引き渡されれば、中国を揺るがす大事件となることは必至で、そのためにカナダ政府には中国政府内から「頼を引き渡せ」と説得するグループと、「頼を絶対に帰すな」というグループが交互にやってきていたという裏話も流れている。
一方で密輸や脱税で死刑という極刑に処される中国に対し、カナダの司法関係者にも不信感は高く、また中国国内に残っていた頼の長兄が連座した獄中で不審死、さらには次兄は酒の席で殴り殺された。そのために最初は「帰国すれば殺される」という頼の主張も支持された。しかし、その一方でカナダの自宅で賭博パーティを開いたり、裁判所の警告を無視して外出したりと頼もやりたい放題。その結果、2006年に一度は強制送還が決まったものの、空港で自ら柱に頭をぶつけて送還作業を中止させるなど、映画並みのパフォーマンスを披露した。
そうやって難民申請の再審にも持ち込んだ彼が今年7月初めに突然拘束され、21日に正式に申請却下を申し渡されてすぐに飛行機に乗せられて帰国の途についたことに、多くの人たちが驚いた。
ニューヨークタイムズ紙の報道によると、裁判官は頼がこのところ中国国内の政府関係者と帰国についての話し合いを続けていることを理由に、「強制返還で帰国しても彼が迫害を受けることはあり得ない」と語った。07年には中国の司法関係者が、頼を死刑を求刑しないことを記者会見で約束しており、今回カナダの司法関係者はそれをタテに「もし頼が獄中で死ぬことがあれば、中国側は国際的な信用を失うことになる」と判断したと、英紙「エコノミスト」は分析する。
一方、中国では「頼昌星たちはもう逃げられない時代だ」(環球網)という大上段な見出しで今回の「引き渡し要求成功」を伝えている。「人民日報」紙の先日の報道によると、中国では現時点で4千人もの汚職官吏が海外に逃亡しており、その持ち逃げ額はなんと平均1億元(約1460万米ドル)にも達するという。今回の「成功」は彼らの多くを強制的に帰国させるための先例になるという論点を展開した。
これらの政府系メディアは「アメリカやカナダには腐敗官吏村すら出来上がっている」とはやし立てているが、そのうち現地の国籍をすでに取得している場合も多く、カナダ国籍取得のための難民申請が却下された頼のケースをそのままあてはめることはできない。また「頼が帰国のための相談をしていた」というのは事実のようで、一緒に逃亡したものの05年に離婚した妻が娘を連れて09年に先に中国に帰国し、収監もされずに暮らしていることも、彼が故郷への思いを深めたと見られている。
ここで人々の想像力を俄然刺激するのが、「政治的迫害はどうなったのか?」という疑問への答だ。頼の事件に関わったとされる、所謂「江沢民派閥」にとっては頼の帰国は望ましいものではないはずだ。しかし、「頼の口封じ策」と見られていた死刑あるいは終身刑求刑を放棄してまで現体制は彼の帰国を促した。そして、北京空港に着いて政府の係官に言われる通り書類にサインをした頼の姿には、かつて帰国を嫌がって空港の柱に自分の頭をぶつけた激しさは片鱗も見られなかった。
頼は納得の上で帰国したのは間違いないようだ。もちろん、死刑求刑なしが確約されたのも一つの理由だろうが、彼より先に帰国した娘はともかく妻に対しても中国当局が司法手順を取らなかったのは、頼に「ほら見ろ、帰国しても安全だよ」と帰国を促すためだっただろう、そして当局が「見せしめとしての極刑」を放棄する以上に頼の帰国の何が必要だったのか――。
中国国内の学者は「すでに頼昌星が引きずり出せる政治家は年老いており、彼の帰国が政界に引き起こす影響は大したことがない」と語る。しかし、釣れる大物がその引退後もずっと何らかの影響力を持ち続けている人であれば? そろそろ政治リーダーの交代劇も約1年後に迫ってきたことだし。
(この記事は経済総合(ニューズウィーク日本版)から引用させて頂きました)
今年の7月は中国にとって騒がしい一カ月だった。7月1日の中国共産党建党90周年記念祝賀はすでに予想されていたものだったからまだいいとして、その晴れがましい場に姿を見せなかった江沢民元国家主席の死亡説が第二週に流れ、世界中で大騒ぎになった。そして月末の22日には12年間にも渡る攻防戦の末、巨額の密輸容疑で指名手配されていた頼昌星が、政治難民申請をしていたカナダから強制返還されて帰国した。翌23日に起こった高速鉄道の大事故ですっかりかき消されてしまったが、本当ならその日から(政府の禁令が出るまでは、という条件付きだが)熱き頼昌星報道が始まるはずだったのだ。
頼昌星は1958年福建省生まれ。94年に同省の貿易港アモイに設立した「遠華グループ」を利用して、99年に密告により事件が発覚するまでの5年間に総額530億元(約77億6千万米ドル)の物資を密輸し、合計300億元(約44万米ドル)を脱税していたとされる。中央当局はのべ3千人の係官をアモイに派遣、その後同地の税関、市政府、銀行など100人近い人たちが有罪判決を受けた。一方、頼と妻子はすでに取得していた香港のパスポートを手に中国と犯罪人引渡条約を結んでいないカナダに逃亡、そのまま観光ビザが切れた後も「帰国すれば政治的迫害に遭う」ことを理由に難民申請をしていた。
政治難民申請の根拠は、中国における密輸・脱税事件に関する当局の捜査がまだ終わらず、頼の手元にはアモイ市政府を超えた、もっと上の当時の政治指導者層が事件に連座することを示す証拠があり、彼らに狙われているというものだった。現実に彼は当時の江沢民国家主席や朱鎔基総理の周囲、そして江沢民派とされる重鎮、賈慶林氏や曾慶紅氏らの秘書と親しかったとされる。つまり、頼がそのまま中国からの要請によって引き渡されれば、中国を揺るがす大事件となることは必至で、そのためにカナダ政府には中国政府内から「頼を引き渡せ」と説得するグループと、「頼を絶対に帰すな」というグループが交互にやってきていたという裏話も流れている。
一方で密輸や脱税で死刑という極刑に処される中国に対し、カナダの司法関係者にも不信感は高く、また中国国内に残っていた頼の長兄が連座した獄中で不審死、さらには次兄は酒の席で殴り殺された。そのために最初は「帰国すれば殺される」という頼の主張も支持された。しかし、その一方でカナダの自宅で賭博パーティを開いたり、裁判所の警告を無視して外出したりと頼もやりたい放題。その結果、2006年に一度は強制送還が決まったものの、空港で自ら柱に頭をぶつけて送還作業を中止させるなど、映画並みのパフォーマンスを披露した。
そうやって難民申請の再審にも持ち込んだ彼が今年7月初めに突然拘束され、21日に正式に申請却下を申し渡されてすぐに飛行機に乗せられて帰国の途についたことに、多くの人たちが驚いた。
ニューヨークタイムズ紙の報道によると、裁判官は頼がこのところ中国国内の政府関係者と帰国についての話し合いを続けていることを理由に、「強制返還で帰国しても彼が迫害を受けることはあり得ない」と語った。07年には中国の司法関係者が、頼を死刑を求刑しないことを記者会見で約束しており、今回カナダの司法関係者はそれをタテに「もし頼が獄中で死ぬことがあれば、中国側は国際的な信用を失うことになる」と判断したと、英紙「エコノミスト」は分析する。
一方、中国では「頼昌星たちはもう逃げられない時代だ」(環球網)という大上段な見出しで今回の「引き渡し要求成功」を伝えている。「人民日報」紙の先日の報道によると、中国では現時点で4千人もの汚職官吏が海外に逃亡しており、その持ち逃げ額はなんと平均1億元(約1460万米ドル)にも達するという。今回の「成功」は彼らの多くを強制的に帰国させるための先例になるという論点を展開した。
これらの政府系メディアは「アメリカやカナダには腐敗官吏村すら出来上がっている」とはやし立てているが、そのうち現地の国籍をすでに取得している場合も多く、カナダ国籍取得のための難民申請が却下された頼のケースをそのままあてはめることはできない。また「頼が帰国のための相談をしていた」というのは事実のようで、一緒に逃亡したものの05年に離婚した妻が娘を連れて09年に先に中国に帰国し、収監もされずに暮らしていることも、彼が故郷への思いを深めたと見られている。
ここで人々の想像力を俄然刺激するのが、「政治的迫害はどうなったのか?」という疑問への答だ。頼の事件に関わったとされる、所謂「江沢民派閥」にとっては頼の帰国は望ましいものではないはずだ。しかし、「頼の口封じ策」と見られていた死刑あるいは終身刑求刑を放棄してまで現体制は彼の帰国を促した。そして、北京空港に着いて政府の係官に言われる通り書類にサインをした頼の姿には、かつて帰国を嫌がって空港の柱に自分の頭をぶつけた激しさは片鱗も見られなかった。
頼は納得の上で帰国したのは間違いないようだ。もちろん、死刑求刑なしが確約されたのも一つの理由だろうが、彼より先に帰国した娘はともかく妻に対しても中国当局が司法手順を取らなかったのは、頼に「ほら見ろ、帰国しても安全だよ」と帰国を促すためだっただろう、そして当局が「見せしめとしての極刑」を放棄する以上に頼の帰国の何が必要だったのか――。
中国国内の学者は「すでに頼昌星が引きずり出せる政治家は年老いており、彼の帰国が政界に引き起こす影響は大したことがない」と語る。しかし、釣れる大物がその引退後もずっと何らかの影響力を持ち続けている人であれば? そろそろ政治リーダーの交代劇も約1年後に迫ってきたことだし。
(この記事は経済総合(ニューズウィーク日本版)から引用させて頂きました)
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