昔よりも酒を飲まなくなった。
もともと強くはない。ビールを1杯飲めばすぐに顔が赤らみ、そのうち眠気を催し、盛り上がっている宴席で眠り出したり、帰りたいという気持ちを顔に出してしまったり、その場の楽しさに水を差すような存在になってしまう。
一応、大人だから、失礼のないようにしたいし、酒席の興を削ぐようなことはしたくないと頑張ってはみる。
しかし、そんな理性のようなものは場の雰囲気とともに崩壊し、しまいには本心がダダ漏れとなり「なぜ、こんな夜遅くまで酒好きに付き合わなければならないのか。なぜ、飲めない自分がそちらの常識に合わせなくてはいけないのか」と怒りにも似た感情が溢れ出てしまって、口数が少なくなり、険悪なムードを作ってしまうこともある。
だから、そもそも酒席を避けるか、最近では居酒屋でもノンアルコールビールを用意してくれることが多いので、冒頭の乾杯だけはそれを手にして場の空気に合わせるようにしている。
無理に付き合うことはやめた。
というより、こちらが飲めないということだけでハマらない相手とは、おそらくいずれにしても長くは付き合えないだろう。
向こうだって「俺の酒が飲めないのか、つまらない奴だ」と思っているだろうから、やはりウマが合わなかったということで致し方ない。
20代の頃は先輩方にご馳走していただくことも多く、礼を欠いてはいけない立場だった。何よりも体力があったので、無理をしてでもついていった。
だが、30代に入ると人付き合いでの諦めのようなもの、線引きのようなものをしてしまうようになった。
自分はもう、一部の酒好きの皆さんが掲げる「社会常識」には適合できる気がしない。それで何か損をするなら、もう仕方ない。甘んじて、受け入れる。
サラリーマンの世界には、先輩方からいただいた恩を下の世代に返すという慣習があるが、自分は酒ではない形で後輩たちに何かを返そうと思う。
そんな自分が、社会に出て十数年が経って、少し思ったことがある。
若造がただ生意気になっただけなのかもしれないけれど、下戸の一意見として聞いてほしい。
やはり、こと仕事の話において「腹を割って本気で話そう」という場は酒席であるべきではないと思う。
特に自分より上の世代の男性に多い印象があるが、仕事上でトラブルがあったり、深い議論を必要とする出来事があったりするとすぐに「一度飲みに行こうよ」という人がいる。
にんまりと笑顔を作り、こちらの肩に手をかけてきそうな距離感で「酒を酌み交わしながらゆっくり話せば分かるよ」と言うのだが、これが下戸からすると全く理解できない。
率直に言えば、酔いで理性を外さなければ仕事の本質的な部分について語れないのは仕事人として失格だと思う。
...などと仏頂面で身も蓋もない正論を吐くと「そんな固いこと言うなよ。分からない奴だな」と酒好きの方の声が今すぐにでも聞こえてきそうだ。
なかなかに分かり合うのは難しい。
本音を言えば、酒好きのペースで物事を進められたくないのだ。
下戸には下戸の戦い方があるし、人との向き合い方もある。
それもまた人それぞれか。