「どこの癌だ!」
「大腸癌らしいよ。でもここの所悪い事ばかり続いているから、それを振り払うまで病院には行かないって言っている。」
(ふざけるな)
僕が入院する前の夏に、父は自分の弟(僕にとっての叔父)が胃ガンで亡くなった。
そして、僕が入院した。
父は僕よりも頑固だ!絶対に自分の決めた事は曲げない。
でも、早期の大腸癌なら今の医学ではおそるに至らない。
ただ、父の頑固さを覆すには一日も早く僕がここから抜け出して、嘘でもいいから元気な姿を見せるしかない。
例え疎遠になっても父は父だ。
訳のわからない僕の病気よりも、早く父を病院に行かせた方がいいに決まっている。
その日から、ただひたすら退院に向けて考える事にした。
調度無菌室で静かに過ごしている間は、落ち着いてしっかりと考える時間ができた。
いろいろなパターンを考えた。
(やってくれるじゃないか神様!まだ俺に試練を与えるつもりか)
たぶん僕の病気は今すぐどうなる訳でもないだろう、それならば一日でも早く退院して父を病院に行かせることが第一優先だ。
その為に、医師とも相談した。
父の事は話すと面倒臭くなりそうだから、話さないことにした。
あくまでも、自分の事情で話を持っていった方が早い。
それに、研修医ともう一人の医師では話にならない。
一番最初に紹介して見てもらったS先生と話しがしたいと頼んだ。
無菌室からでて3日目、やっとS先生と話す機会が持てた。
そして、今までの検査の結果も聞いた。
【髄液のタンパクの異常値】
【自己免疫障害】
【筋力の低下】
【上下肢の麻痺】
【神経伝達の速度の不具合】
がある事はわかったのだけど、脳と脊髄のMRIに異常が見られない。
その結果の上、医師からでた言葉は、
「良かったですね。脳梗塞とか脳卒中ではありませんよ。」
(何が、よかったんだ 明らかに僕の体は変調をきたしているじゃないか)
(それも入院するよりも身体は動かなくなっているのに。。。)
「それで病名は?どうすれば良くなるんですか?」
「病名は今の所、まだわかりません。ですので治療方法も今すぐ決めようがありません。」
「とりあえず痛み止めで様子をみましょう。」
「でもこれから治療をするとなると、少なくても3ヶ月から半年は入院が必要になってきます。それでもよくなるかどうかはわかりません。」
これだけの長い間、入院していろんな検査をしてわかった事。それは。。。
病名・・・「わかりません」
ガクッと全身の力が抜けた!
涙が出そうだった
でも、今は泣いている場合ではない
どうなるかわからない病状に時間を割いている余裕はない。
一刻も早くここをでて、父を病院に連れて行かなければ。。。
直ぐに退院の手続きをとってもらった。
「父は今年二月で六十五 顔のシワはふえてゆくばかり
仕事に追われ このごろやっと ゆとりができた
父の湯呑み茶碗は欠けている それにお茶を入れて飲んでいる
湯飲みに写る 自分の顔をじっと見ている
人生が二度あれば この人生が二度あれば。。。」
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