7月22日に投稿したなう | りょうのブログ

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原発支持の人も反対の人もそれぞれに大真面目なんだよなぁ。にも関わらず見えてる世界はあまりにも違うようだ。何がデマで何が本当かという認識がまるで正反対みたい。最終的に望んでいるものはそう違わないと思うんだけど。
7/22 0:32

状況にヴェールをかけてコントロール化にあるかのように見せる人を支持し、そのヴェールを取り払おうとする人を毛嫌いする人々の中に、優れた経営者や知識人(とされるような人々)が多いように見えるのは、なにか示唆的な感じがする。
7/22 1:21

世の中が分かっていると思っている人たちほど、そうではないかもしれないという疑惑に過敏に反応するのかな。
7/22 1:41

立場が脱原発であろうとその反対であろうと、改憲であろうとその反対であろうと、思考・理屈を中心にものごとを理解して動かしていこうとする人たちが思い描く筋道と、世の中の流れとが、すっかり乖離したような印象。でも言うほど悪いことが起きているとは、感じない。
7/22 7:24

世の中の流れはもう、思考で把握したりコントロールしたりできるレベルを超えた潮流になっていて、それでもそれを思考だけで捉えようとしている人々が、勝手に混乱したり絶望したりしているような気がする。
7/22 7:44

思考を超えていることと、無秩序で制御不能であることとは全く別だと思う。今起きている潮流は思考の杓子定規な直線に沿っては流れておらず、大きくうねっていて、必ずしも今この瞬間に向かっている方向にまっすぐ続いているわけではないと感じる。
7/22 7:45

流れの方向ではなく成分を見ると、世の中を生まれ変わらせたいという思いみたいなものがたっぷり含まれているように感じる。だから、このまままっすぐ軍国主義に進んだりグローバリズムに飲み込まれたりするような気が全然しない。
7/22 7:45

大事なのは全体の流れをコントロールしようとすることではなく、一人ひとりが自分を中心とする小さな世界を自分が望む形に作っていくことだと思う。それが流れの一粒一粒となって新たな流れを作る。
7/22 7:45

平和で生き生きとした粒はそのような流れに集まっていく。対立的で殺伐とした粒もまたそのような流れに集まっていく。自分はどの流れに乗って行きたいのか。自由に選んで乗って行けばいいんだと思う。
7/22 7:45

論理思考に基づかない意見や動きは世の中を表層的に捉えた感情論やポピュリズムに決まっていると見る向きもあるようだけど、違うと思うな。論理思考をしていないからと言ってものごとの本質を捉えていないとは限らない。論理思考に縛られているからこそ見逃している本質というものもあると思う。
7/22 10:26

論理思考だけが知性じゃない。むしろ、論理思考と言うのは知性のなかでも割と具体的に捉えやすい表層的な部分じゃないかと思う。論理思考の中だけにいると、たぶん論理を超えた知性が目に入らない。
7/22 10:46

論理思考は説明する知性だから、世の中のものは何でも説明可能だという錯覚や、説明できないものは間違ったものだという錯覚に、簡単にハマる。
7/22 10:46

"マドモアゼル・愛のぶらりブログ: 選挙結果感想" このおっちゃん(名前に反して、おっちゃんなんです)も好きだなぁ。 http://t.co/PJXpT7AE6T
7/22 14:25