あったーー!これかー!
6/7 11:12
仕事やお金にまつわる話って、大抵、それで食っていけるのか?という一点に集約されてしまう気がする。
6/7 12:36
食っていけるのか?そんなこと知らないよ。でも大丈夫。というのが自分の答えかな。
6/7 12:36
食っていけるのかどうかが収入や貯蓄の数字によって決まる、なんてのは、みんなして取り付かれている錯覚じゃないのかな。
6/7 12:36
人生が計算可能だという錯覚。収入、出費、貯蓄、年齢、カロリー、体重。。。計画に従って日夜そういう数字の辻褄を合わせ続けないとちゃんと生きていけない、みたいな。
6/7 12:36
ほんとは人生ってもっと思いがけない出会いや出来事が芋づる式に繋がってできているものだと思う。計画や計算によってどうにかなっている部分なんて、全体の大きな流れからしたら実はほんのわずかなんじゃないだろうか。
6/7 12:36
自分の認識を超えたところの大きな流れによって、なんとかなっていく。振り返れば今までだってそうだったし、これからもそうでしょう。
6/7 12:57
iPadでうっかり音声認識モードになったのでちょっと喋ってみたらびっくり。ずいぶんちゃんと認識してくれるんだなぁ。
6/7 13:40
計算可能な人生ということについて思うこと、もう一点。計算(、予測、計画)可能なように社会を作ってきたんじゃないかということ。どうやって?あえて型にはまった生き方を選ぶことによって。
6/7 18:07
小中高、大学、就職、昇進、定年、老後みたいな決まりきったルートをみんなして選んで、安定、安心が得られると思った。でもいつの間にか、そこから外れることを極端に恐れるようになった。
6/7 18:29
つまり計算不能な領域に出られなくなっちゃった。安定して安心するつもりが、安定が崩れる不安の中で生きてる感じ。リーマン的生き方がメジャーになったのなんて、せいぜいうちの親の世代くらいからなのにね。
6/7 18:29
昔はみんなもっと計算不能な領域で生きてたんじゃないのかな。人生はなんとかなるということをもっと信じていたというか。宵越しの金は持たねぇ、なんてのは極端だとしても。ま、大雑把な想像ですが。
6/7 18:29
一人一人が持ち味を生かしてやりたいことをやって生き始めたら、人生のバリエーションってものすごく多様になるのだと思う。みんながそれを押し殺して生きてきたことと、人生はなんとかなるという感覚が持てないこととは、ぴったり同期している気がする。
6/7 18:29
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