まだ、20年かという思いもあれば

もう、20年かという思いもある。



現在20歳の素直な心境です。


2015年、運命的に出会ったものとの関係が変わった

2025年。

なんかTwitterで長々と書くのも違うなと思っていたり

普段やっている曲制作に起こすのも難しいなと思っていて、最近見ることの多くなったこのアメブロを久しぶりに使っていこうと思いポチポチと語ってます。


第1話として最近の思いを語ろうかなと思います。



知らない方が多くいて当たり前だと思いますが

2015年、 僕はプロレスと出会いました。

プロレスというか新日本プロレス。


最初、僕は中邑真輔選手のド派手なスタイルに惹かれました。当時小学5年生、なんかわかんないけどこの人すげーとに惹かれました。直後にとある事が起きることは知らずに。


それと同時に内藤哲也選手にも惹かれました。

内藤さんがLos ingobelnabresを日本に持ち帰って来たタイミング。

黒いスーツで怪しい動きをしている内藤選手がなんだかかっこよくて真似したりして遊んでいました。

そこが僕のプロレスファンの始まりです。


中邑選手が2016年に新日本を退団したあとも内藤さんを追いかけ続けました。

一緒に目指した史上初の2冠王者、コロナ禍の神宮の花火、憧れの引退試合、逆転のG1優勝、夢の東京ドーム大合唱

ファンになって現地観戦に行くようになったのがコロナ禍の時からなので昔は現場で共有することができなかったのですが、ワールドでずっと追いかけていました。

生活の一部になっていた内藤さんのプロレス。

高校生の頃はほぼ毎日ロスインゴ、内藤さんのグッズを身に着けてました。

オレと言えば赤黒というイメージがつくくらいに身に着けてました。


時は経ち2025年4月。

とあるニュースを目にしました。


それは内藤哲也選手、新日本プロレス退団。

信じたくなかったし信じられなかった。

未だにほんとにやめたの?って思ってるくらいです。

止まっていられない、でも立ち止まってしまう。

そんな日々を過ごしています。


次の内藤さんの行き先はどこなのか、自分はどうすればいいのか、

正直に言ってBEST of SUPERJr、あまり見れませんでした。


ただ6.15、前に進むために一歩踏み出そうと思います。

長くなってしまうので第2話でお会いしましょう。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

これから自分の曲にできない感情をここに綴っていこうと思います。

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