「どこまでいくの?」
「車で一時間半くらいだって」
「まだまだ?」
「まだまだ」
♪ま~だ~ま~だ~♪
♪ま~だ~だよ~♪
ミナは適当なメロディーで歌い始めた。
本当にジミナみたいだ。
ジミナも思いついた言葉と
デタラメなメロディーで
独り言みたいに歌っていることが
よくあった。
きっと子供のころから
こうして
一人で歌ってたんだろうなと思うと
少しだけ悲しくて愛しくて
僕は歌っているミナと手を繋いだ。
ミナは僕を見てニコニコ笑っている。
「てんきいいね」
流れる景色と空を見ながら
ミナが呟いた。
「雨が降らなくて良かったね」
「あめもたのしいよ?」
「ミナは雨が好きなの?」
「う~ん、はれもすきだけど、あめもすき。あめだといろんなおとがするし、みちもキレイになるよ」
「色んな音?ザァザァとか?」
「うん。かさをさすとポツポツ」
「そういえば傘をさすことがあんまりなくなったな。車で移動ばかりだ」
昔は普通だったことが
今は懐かしい。
雨の日の匂いや音
雨の日にジミナと喧嘩したこと
泣きながら傘をさして歩いたこと
雨に濡れて仲直りしたこと
雨上がりでキラキラ輝く街並み
虹がかかると
ちょっとだけ嬉しくなったこと
雨がキーワードの
たくさんの思い出。
「ついたらおさんぽしようねっ」
「あぁ…そうだね」
♪おさんぽ~おさんぽ~♪
♪グゥとおさんぽ~♪
♪たのしいよ~♪
忙しいと気づくことはないけど
思いがけず休日をもらうと思う。
僕たちは
普通からだいぶ離れてしまっていた。
「ナムはよく自転車を乗るよな」
目を瞑って
寝ているかと思ったシュガヒョン。
「うん」
「オレたちもたまに外に出た方がいい」
「外に?」
「オレたちの日常は普通じゃないだろ。スタジオにこもったり、撮影は季節が違う。イカれないために、本当はもっと自然にふれた方がいいんだ。オンとオフを作るというか、しっかり分けた方がいい」
それはナムヒョンもよく言っていた。
“イカれないために”
自転車に乗るのも
盆栽を育てるのも
絵画を見るのも
本を読むのも
その時で手段は変わるけど
それは
自分を保つために
必要なことなんだと言っていた。
「ジミナだけじゃない。おまえもだぞ」
「僕は大丈夫だよ」
「確かにおまえは体だけじゃなく精神的にも強くなったよ。でも自分は強い、大丈夫だと思いこむな。つらい時にはちゃんと言えよ」
「うん、ありがとう」
僕はなかなか自分から言ったりしない。
でもそれはたぶん
言えないとかじゃないんだ。
みんなが僕が言う前に気づいてくれるから。
“ジョングガおいで~”
“ジョングガどうした?”
“元気ないな、具合悪いのか?”
“ウリマンネ~”
“ヒョンに言ってみな”
“かわいい僕の赤ちゃん”
僕は末っ子で
いつでもみんなに甘やかされているし
誰も僕を否定しないから
僕は強くなれるんだよ。
でもジミナは
一見甘えん坊のように見えるけど
甘えるのは些細なことばかりで
肝心なことはなかなか言えないし
甘える自分をよしとしない。
ヒョンには遠慮するし
年下の僕にはなかなか頼らないから
ずっとルームメートのホビヒョンは
本当にすごい人だと思ってる。
ジミナが
一緒にいてほしいって甘えられる人。
僕は悔しいけど
まだまだそこまでにはなれていない。
二歳の年の差で
壁を作られると
そこから近づけなくなってしまう。
そうしてテヒョニヒョンにさえ
自分のことはなかなか言わないから。
周りには敏感だけど
自分のことには鈍感で
自分は大丈夫だと思っていたのは
きっとジミナだ。