「もう背負わなくていい」現実はちゃんと動き出す

「もう背負わなくていい」現実はちゃんと動き出す

「わたしがやらなきゃ!」
そう思って頑張ってきたけれど、もう疲れていませんか?
背負うのをやめると、現実は動き出します。
夫婦・子育て・お金・恋愛で繰り返す辛いパターンを変えたい方へ。
在り方を整え、軽やかに現実を変えていきましょう。

こんにちは。岡野良子です。


昨日は役所に行ったり、施設に行ったりと忙しくしていました。


その合間に最近では滅多に食べないマックを食べて、


時間がなくてポテトを食べきれずに半分持ち帰りにしてもらいました。


そして、その足で夫の入院している病院へ面会に行ったんですが、

食べきれなかったポテトを

そのまま病院へ持って行ったんです(笑)

時間が経っていたので、

もちろんポテトはしなしな(笑)

それを夫に渡したら、

「食べ残しかよ!」というような顔で笑っていて。

二人でそのしなしなのポテトを食べました。

決して豪華な食事ではないし、

むしろ食べ残し…

でも、

すごく楽しかったんですよね。

「あぁ、幸せだな。」

と思いました。

幸せって、

旅行に行くことでも、

高級レストランで食事をすることでも、

大きな成功をすることでもなくて、

こんな何気ない時間の中にある。

しなしなのポテトを一緒に食べて笑う。

そんな普通の日常の中に、

当たり前な顔をして潜んでいる。

以前の私は、

もっと大きな幸せを探していました。

「これが叶ったら幸せ。」

「もっとこうなったら幸せ。」

そんなふうに。

でも今は、

日常の中にある小さな幸せを見つけられるようになりました。

その方が、

人生はずっと豊かなんですよね。

幸せは、

いつかどこかの遠くにあるものじゃない。

今この瞬間の日常に、

ちゃんとある。


特別な出来事の中にあるものじゃなくて、

日常の中に、

当たり前な顔をして潜んでるんですよ。


それに気づけるか。


見つけられるか。


その積み重ねが、


人生の豊かさなのかもしれません。





こんにちは。岡野良子です。


お久しぶりの更新となりました。


夫が脳出血で倒れ、2ヶ月が経ちました。


生活も人生もガラッと変わりました。


なんて言うんでしょう…


人生の土台が組み替えられてるといった感じです。


現実的にも精神的にもゆとりがなかった私ですが、


ニューバージョンな感じで(笑)復活して参りましたので


少しずつこうしてブログを更新したり、


カウンセラー・講師活動を再開して行きたいと考えております。


みなさま、改めまして、よろしくお願いします。


さて、


先日、長男にヘアアイロンを使って髪をストレートにして欲しいと頼まれまして、


そんなことをしながら色んな会話をするのですが、


何かの話題から


お母さん、カウンセラーになるための勉強し始めてから、怒らなくなったよね


と言われたんです。


なんだか、嬉しかったですよね。


カウンセラーの勉強と言いますか、UMIを受け始めた頃はまだ長男が小1だったのだのですが


それ以前は、私がしょっちゅう強烈に怒っていた記憶が長男の中にあり(笑)


私が心の勉強らしきもの(長男にとっては)を始めてから


怒らなくなったと感じてきたのでしょうね。



さらには、昨日は次男の担任の先生から、押し付けない子育てがとっても良いですよねと褒められちゃいました(笑)


あれからここまで、穏やかに子育てをしてくることができた


それだけでも、UMIをやり、自分に向き合ってきて良かったなぁと思います。


だから私は、この経験を私だけのものにせず、私のエネルギーを使って世界に伝えていきたいと改めて感じました。


ですので、また時間的にゆとりが出てきましたら、新規での募集を再開したいとも考えています。


特にマスターコースは、私自身の人生を大きく変えてくれました。


もちろん、受けるだけではなく、自分と向き合い続けることは必要ですが、


本気で取り組んだ分だけ、現実はちゃんと変わっていくと私は感じています。


頭だけでの理解や知識を持つ満足ではなく、


現実に落として、現実を、さらには人生を変えていけるのがUMIの醍醐味です。


私のように


子どもたちがおかしいとか、
誰かが悪いとか
怒り狂っていた(笑)



その怒りの根本にある自分の悲しみ、寂しさをしっかり受け止めて


自分と向き合っていくこと


それがとてもとても大切であり、


それが人生を決めているといってもいいくらい重要なこと。


そこを見ていけるのは本当に幸せなことだと思うし、


望む人生を歩んでいくためにはとても大切だと思っています。


(てか、それやらないと何も変わらないまま人生が進んでいく)


ちなみに、夫は、


要介護3という認定が先日届きました。


今も病院でリハビリに励んでいます。


夫がそんな状況でも、


私がこんなふうに毎日を過ごせているのは、


やはり自分の心と向き合い続けてきたからだと思っています。


昨日は次男と神宮球場のバックネット裏最前列で、野球観戦を楽しんで来ました(笑)




しかも、やっと!!!勝ちました。
ありがとう!!スワローズ!!


てなわけで、今後は


力の抜けたゆるゆる穏やか子育てに加え、


背負わない介護なんてテーマについても発信していくかもしれません。


あと、あの借金地獄からのお金の問題もまるっと解決してきましたので、


そんな3本柱を軸に、これからのカウンセリング活動を進めていこうと思っています。


ではでは、


今日も自分の心を大切に、やっていきましょう。


今後ともよろしくお願いいたします。












こんにちは。岡野良子です。

だんなさんが倒れてから、少し、気づきがありました。

私は、だんなさんとは、

いつ別々に暮らしても良いし、離婚しても良いと思っていたんですよね。

でも、いざ、だんなさんが倒れて、

脳の病気と手術によって、

私のことも分かっているのかいないのかも分からないという状態が続いた時、

私はだんなさんの中に存在している

ということに、

とても安心感を持って生きていたんだと気がつきました。

好きとか嫌いとか

愛しているとか

愛していないとかではなく、

この人の中に自分が存在している

という確信が

安心に繋がっていたんだなぁということ。

しばらくは悲しんだり寂しがったりする暇もなかったんですが、

少しずつ落ち着いてきたら、

別にラブラブーというわけでも

好きとか愛しているとかいう話でもないのですが、

私の幸せがなくなっちゃった…と涙が出てきたんですよ。

それは

だんなさんが当たり前にそこにいる未来ごとなくなったということかもしれないし、

それ以上に、

だんなさんの中や記憶から私の存在がなくなってしまう。

そんな感覚でした。

依存とまではいかなくても、

私はこんなにここから安心感をもらっていたんだなーと思いました。

すごーく悲しくて久々に大粒の涙がボロボロと出ました。

ひとりしきりそうした後に

改めて考えてみると、

だんなさんが倒れてから、

私はひとりで、

様々な手続きや決定、手配をしてきたんですよ。

子どものことも、家のことも、仕事も回しながら。

お金のことも、これからのことも全部です。

だから、

私はだんなさんの中に私がいることで安心していましたが、

たとえそれがなくなったとしても、

私の価値や存在そのものがなくなるわけではない。

そんなことにも気がつきました。

今までも、私はひとりでも生きていけるって思ってましたけど、

本当はそうではなくて、

精神的には本当はものすごく頼っていた。

深いところでは、

だんなさん次第で私の幸せが左右されると思っていたんですよね。

さらに、

だんなさんに頼って生きて、自分には力がないとも思っていましたね。

高校生くらいからか、そう感じる出来事を通して、そう思い込んでいたのだと思います。

でも、こうして、

私はひとりでも結構やれる。

力もある。

そして、思っていた以上に自分の人生を生きる力があった。

そんなふうに感じています。

だんなさんが倒れたことによって、

だんなさんも第二章みたいな人生が始まり、

私自身もきっと、第二章です。

私は私の足で立てる。

生きていく力もある。

その上で、大切な人と繋がっていたい。

そんな思いです。

しばらくカウンセリングの新規募集等は停止しますが、

また気づきを綴っていきますね。

(すでにお申込みの方は予定通りやらせていただきます)

今日もまた、

当たり前を当たり前と思い込んでしまうくらい幸せなことに気がつきながら。

ではでは。
こんにちは。岡野良子です。



先日、だんなさんが入院している病院へ、家族で面会に行った時のことです。



次男がコーヒー牛乳を飲んでいたら、



旦那さんが
「それ、飲みたい」
というジェスチャーをしてきました。



残念ながら、まだ飲食の許可が出ていないのであげられなかったのですが、



その姿がなんだか可愛くて、
みんなで笑ってしまいました。



今の旦那さんは、


働いているわけでもない。
家事をしているわけでもない。
家族の役に立っているわけでもない。


むしろ、たくさんの人の手を借りながら過ごしています。


それでも、



家族が会いに行く。
心配する。
笑う。
話しかける。


愛されているんですよね。


私たちはつい、


役に立つから愛される。
頑張るから愛される。
ちゃんとしているから愛される。


と思ってしまうことがあります。


でも本当は、


ただそこにいるだけで、
愛されている。


その人の存在は輝き続けている。


ただいるだけで人の心を動かしている。


コーヒー牛乳を欲しがる旦那さんを見ながら、
「人の価値って、役に立つことだけじゃないんだな」ということを改めて感じました。


もちろん現実には、
介護やお金やこれからのこともあります。


それでも、


役に立っているから愛されるのではなく、
存在そのものが愛されている。


そんな瞬間を見せてもらった気がします。


だんなさんもそのことに少しずつ気がついていくのかもしれませんね。(知らんけど)


ではでは、
あなたも自分の存在の輝きにどうぞ気がついてくださいね。

こんにちは。岡野良子です。


この世界は、自分が与えたものだけを受け取る世界です。


以前の私は、

満たされたい。
安心したい。
愛されたい。
認められたい。

そう思って、外側に求めることが多くありました。

でも、不思議なんですよね。

「欲しい」だけでは、なかなか満たされない。

むしろ、足りない感覚や不安が大きくなることもありました。


先に与えたものが、後から返ってくるのですから、

優しさを与える。
感謝を与える。
安心を与える。
愛を与える。

そして実は一番大事なのは、

それを自分に与えること。

自分に優しいごはんを作る。
休む。
ぬくぬくする。
「大丈夫だよ」と声をかける。

そうやって自分に与えたものが、心を満たし、現実にも返ってくる。

逆に、

不足を見続ける。
自分を責める。
我慢ばかりする。

それを与えている時は、やっぱり苦しさが返ってきます。

だから今日も、

誰かに何かを与える前に、まずは自分へ。

あたたかいお茶でも、深呼吸でも、好きな朝ごはんでもいい。

今日のあなたは、何を自分に与えますか?

与えたものが返ってくるなら、
まずは自分に優しさを与えていきましょうね。




こんにちは。岡野良子です。


先日ね、
中2次男のLINEのアイコンが変わっていて
「ポーザーから抜け出すまで」
という言葉が書いてありました。

ポーザーとは、簡単に言うと、

「見た目だけ」
「やってる風」
「所属や形だけ」

そんな意味です。

昔で言うなら、
「丘サーファー」みたいな感じですね笑

でも私はこの言葉を見た時、
ただの中二病とか、かっこつけとかじゃなくて、
すごく深いなって思ったんです。

以前、次男は野球チームに所属していました。

チームがある。
仲間がいる。
ポジションがある。
4番でピッチャー。
「野球をやっている自分」がある。

それは安心でもあります。
人は所属があると安心しますからね。

肩書き。
役割。
居場所。

「私はここにいていい」
を感じられるからです。

でも、所属には時々怖さもあります。

そこにいることで、

「本当は違う」

という気持ちが見えなくなることがある。

辞めたい。
違うかもしれない。
本当は好きじゃない。

でも、所属している安心の方が大きくて、動けなくなることもあります。

そして次男は今、野球を辞めて、スケボーに夢中です。

自分で近くのスケボー仲間を探し、
友達と集まって滑って、
親の知らない言葉を使って、
親の知らない世界を生きている。

最初は少し寂しさもありました。

でも、そのアイコンを見た時に思ったのは

今この子は、
所属している安心
ポジション
肩書き

ではなく、

本当の自分を探し始めているんだなってこと。

そして、
実は私自身も最近、

所属すること。
ポジション。
肩書き。

そんなものから少しずつ解放されている感じがあるんです。

妻として。
講師として。
カウンセラーとして。
支える人として。

そういう役割を頑張ってきました。

でも最近は、

私は何が好き?
何をしている時が心地いい?
私はどう生きたい?

そんなことを感じる時間が増えてきました。

好きな音楽を聴く。
暮らしを整える。
温かいご飯を作る。
ホッとする。

そんな何気ない時間に、

「ああ、私は私でいいんだな」

と思える瞬間があります。

そして面白いのは、

子どもって、親の背中を見ていると言いますが、
やはり親子は、意識が繋がっているってことです。

私が、所属や役割から離れて、
「本当の私」生き始めた時期に、

子どももまた、

チームや肩書きから離れて、
「本当の自分」を探し始めている。

リンクしているんですよね。

もちろん別の人間ですけど
でも、どこかで響き合って、
同じテーマを生きている感じです。

肩書きがなくても。
役割が変わっても。
所属がなくなっても。

私は私。

そして、あなたもあなた。

人生のどこかで人は、

所属している安心から離れて、

本当の私は何が好きなんだろう。
私はどう生きたいんだろう。

を探し始める時期が来るのかもしれません。


ポーザーから抜け出すというのは、

見せかけの自分から抜け出して、
役割でも所属でもない、
本当の私を生き始めること

なのかもしれませんね。



こんにちは。岡野良子です。


たくさんのご相談に乗ったり、自分自身のことを考えてみても、



夫婦として関係が近かったり、
子どもを育てていたりすると、


「誰かを支えるために自分を削る」


そんな生き方をついついしてしまうなと思います。


お母さんは、なおさらですよね。


相手が苦しいなら、私も苦しまなきゃ。
誰かが大変な時に、自分だけ幸せになってはいけない。

どこかで、そんなふうに思う。


そんな時、


役割は果たす。
必要なことはやる。


でも
私は私の人生を生きていい。
という許可がとても大切だなと思います。


これは、
無責任になることでも、
自己中になることでもありません。


「自分の人生に戻ってくる」ということ。


そんな感覚です。


幸せって、
誰かに許可されてなるものではないんですよね。


誰かが苦しいから、
自分も不幸でいなければいけないわけでもない。


先日、だんなさんの面会の帰りに歩きながらふと思ったんです。


今、私のだんなさんは入院しているけれど、


「私は1人でも幸せでいていいんだな」って。


私が一緒に苦しみを背負っても、だんなさんが良くなるわけではないですからね…


気持ちいい風を感じながら、
空を見上げて、ゆっくりと歩いて帰ってきました。


未来への不安なんて、ゼロにはならないし、


これからどうなるかわからないこともあるし、
現実的に考えなければいけないこともあります。


でも、


不安がなくなってから幸せになる、ではなく、


不安があっても、
揺れながらでも、
疲れながらでも、


その気持ちを全部受け止めながら、
自分を幸せにしてあげていい。


温かいものを食べる。
眠る。
笑う。
安心する。
空を見る。
好きな音楽を聴く。
ホッとする。


そうやって、
自分に優しさを与え続けること。


それは、
甘えでも逃げでもなく、
「私は私を生きます」
という、
静かで大切な選択。



ではでは、
今日も大切なあなたの全てを受け止めてあげてくださいね。


こんにちは。岡野良子です。


フラットな視点ってとっても大事です。



その軸になるものはやはり、



人生は、その人の人生なんだってことです。



どれだけ愛していても、

どれだけ心配していても、

どれだけ助けたくても、



最後に歩くのは本人。



本人が選び、

本人が向き合い、

本人が生きる。



これは夫婦だけではなく、子育ても同じです。



親は子どもを守りたくなります。



悲しい思いをしてほしくない。

失敗してほしくない。

苦しませたくない。



だから先回りしたくなる。

代わりにやってあげたくなる。

何とかしてあげたくなる。



でも、どれだけ周りが頑張っても、



本人が気づかなければ変わらない。

本人が立ち上がらなければ歩けない。

本人が向き合わなければ乗り越えられない。



これは少し寂しく感じるかもしれません。



でも逆に言えば、



私たちもまた、

誰かの人生を背負わなくていいということ。



相手を信じる。

見守る。

必要な時に手を差し出す。



でも、相手の課題までは背負わない。



その境界線は冷たさではなく、愛なのだと思います。



そして私は、



「私がやらなきゃ」

「私が何とかしなきゃ」



をたくさん抱えて生きてきました。



でも最近思うんです。



周りがどれだけ頑張っても、

本人以外、救えない。



だからこそ、



私は私を満たす。

私は私を生きる。



それが結果的に、家族にとっても一番の愛なのです。



親も、子どもも、夫婦も、



それぞれがそれぞれの人生を生きている。



だからあなたは

あなたの人生を信じて生きていきましょう。



そして同じように、

私自身の人生も大切に生きていこうと思います。



ではでは、今日も世界にたったひとりのあなたを大切に。

こんにちは。岡野良子です。


人って、

本来は成長したい生き物だと思います。



でも、

不安やプレッシャー、

我慢や焦りでいっぱいだと、


人はまず

「生き延びること」にエネルギーを使います。


だから、

本当はやりたいことがあっても、

成長したい気持ちがあっても、


そこまでエネルギーが回らないんですよね。


でも


安心できること。

余白があること。

無理をしていないこと。


そういう状態になると、


自然と

「何かしたい」

「前に進みたい」

という気持ちが湧いてくるようになります。


昨日、次男が


「なんか暇。変な感じする」


と言いながら、

急に勉強を始めました。


朝から晩まで夢中だった野球を突然辞め、

遊びや買い物ばかりしていたのですが、


刺激ばかりでは、

人は本当には満たされない。


余白ができた時、

人は初めて、


「自分はどうしたいんだろう?」


と感じ始めます。



成長は、

無理やり頑張ることではなく、


安心の中から、

自然に芽を出していくものですよ。

こんにちは。岡野良子です。


人生って、自分で選んだことでも、途中でしんどくなることがあります。



結婚したかったのに、現実は大変。  

家を決めたのに、不満が出てくる。  

やりたかった仕事なのに、疲れてしまう。



そんな時、人はつい、


「こんなはずじゃなかった」  

「なんで私ばっかり」  

「誰かのせいだ」


と思いたくなることがあります。



でも、ここで思い出したいことは



望んで乗った船で、

揺れるたび被害者にならない

ということ。



船に乗れば、波もあります。  

風が強い日もあります。  

思ったより狭いことも、疲れることもあるかもしれません。



でもそれは、



「乗ったことが間違い」なのではなく、  

現実が始まった ということなんですよね。



大切なのは、



誰かを責めることでも、  

自分を責めることでもなく、



この船でどう進むか。



座る場所を変える。  

荷物を軽くする。  

助けを呼ぶ。  

時には、別の船に乗り換える。



そうやって、自分で舵を取り直すことです。



揺れた時こそ、被害者ではなく、  

人生の運転席に戻るタイミングですよ〜。