おじいちゃんの保護入院の予約を
取り付けたわたし

いつ呼ばれても良いように
入院セットを用意
キャリーケースに詰め込む
実家から持ち出す?
おいでおいでおいで

問題はどうやっておじいちゃん
連れ出すか

認知症進行とともに
警戒心からか
動物的に勘が働くように
なってました

まともに話したら
絶対に無理

ここはおじいちゃん
昔からかわいがってた
私より1つ年上の従兄弟に頼る

障碍者施設勤務

いろいろ専門知識も豊富
私も頼りにしてました

この従兄弟から

おじさん、そのうち
施設に行くって言ってだべ
そのために健康診断必要だから
俺の知ってる病院で
健康診断うげでおくべ

と説明

怪しんでましたが
信頼する甥っ子の言葉に
半信半疑で頷きました

健康診断?
どごも悪ぐねのに
なして、そんたもん受げるって
と立派な屁理屈を垂れてるおじいちゃんです

ほんとに、全ては
その日の朝の機嫌次第

私が同行すれば、返って難しくなる
の判断で
入院が決まった日の前日に
また、同じ説明を従兄弟が
わざわざ実家に行ってしてくれました

明日、迎えに来るがら
一緒にいぐべって

従兄弟は
たとえ相手が認知症でも
嘘はつきたくなかった

これがぎりぎりでした

わたしは朝の受付時間
病院で待って合流

祈る思いでした

従兄弟、おじいちゃんを連れ出してくれました

おばあちゃん見守りの
留守番には叔母夫婦

ほんとにみんなのおかげで
なんとかなった

病院受け付けで私と会って
あれ?なんでこごさいる?
それでも、知らない病院、
わたしを見て
安心と嬉しさの入り混じった顔
してたっけ

でも、こちらは、
それどころではない。
罪悪感?おいでおいでおいで
とにかく暴れず病棟まで。
必死です。

そうこうするうちに
打ち合わせ通り病棟スタッフが
降りてきました

そのまま病棟へGO

この流れがおかしい、とかは
もう、おじいちゃんは判断できません

ま、いわゆる閉鎖病棟ですね

そこで入院手続きと
カンファレンス

ようやく手続き終わって
待たされて不穏になりかける

ようやく病室へ

荷物をものも言わず担当看護師に
渡すわたし
しれっと受け取る看護師

お母さん疲れだでしょ
検査、午後からで
もう少しすればお昼ご飯出るって
それまで横になれば?

おじいちゃんんだな
ご飯だば、今食べでもいいな

(ん?お腹空いたの?)
と思ったのを覚えてます

んだね、そしたら
見てくるね
とかなんとか言いながら
後ずさりしつつ
病室からフェードアウト

この時、始めて
ごめんなさい、と思ったかも

でも、そんなのは一瞬で
このあと家を片付けて
おばあちゃんをロングショートへ、です。
時間は2日しかありません。
悩んだり考えてる暇なんて無い

認知症病棟を一周して
県下随一の認知症病棟
従兄弟は興味深げでした
実家に戻ります

次はおばあちゃんに叔母と一緒に
父の入院
入院している間は
お母さんもお泊まりね、を
説得

片付け、準備などしながら
夜はお礼方々
従兄弟と妹と焼肉生ビール日本酒

ホッとしたのと
疲れと諸々で
結構酔ったかも

二日酔いの頭で
おじいちゃんの様子を確認しつつ
おばあちゃんの手続き、準備

もう、名前付けと
ひたすらの書類への
住所、名前、印鑑…です

こうしておじいちゃんおばあちゃんはわたし主導で
2人は50年住んだ家を
ある日突然知らない間に
離れることになってしまった

普通なら、もう少し
考えたかもしれないけど
世の中、COVIDさんが
静かに忍び寄ってて
おかげで、私の罪悪感と後悔
かなり軽減されました