勿論、私も「あたり前の生活」がこれほど「ありがたい」と思ったことはなかった
2011.3.11
あの日は午後からお休みを頂き、音大に通う娘の卒業演奏会のため常磐道を東京に向けて車を走らせていた
場所は那珂インターをすぎ、水戸インターの手前だったと記憶している
すると、FM放送から突然の緊急地震速報が…
車は大きくハンドルを取られ、怖くて運転できず、路肩に車を寄せ地震の治まるのを待った
ところが、治まるどころか車が横転するのではないかと思うくらい揺れが大きくなった
これは、私たちが通過したすぐあとの状況の写真のようなのですが…
結局、水戸インターまでは余震が続くなか何とかたどり着き、いわきに戻ることに…
しかし、停電で信号機は稼動せず道路は大渋滞、家に帰ったのは翌朝9:00くらいだった
あの場所が6日後には見事復旧。日本の道路の復旧スピードが世界から絶賛されたそうです
少々話題がそれてしまいましたが、その後はライフラインのストップ、福島第一原発爆発事故等々
私は職業上、避難のことは考えませんでしたが、施設利用者の対応に追われ、物資の確保や職員の送迎に奔走したことが思い出されます
放射能汚染から逃れ、ライフライン確保を求めてこの地を離れた方々が多かったため、夕方の繁華街は人ひとりおらず、行き交う車もなくゴーストタウン化したいわき市内は、まったくこの世のものとは思えなかった
ガソリンを入れるのに2時間待って2000円分だけ。タンクローリー車がガソリンスタンドに到着しただけで拍手が沸き起こる
もう考えたくもありません
今ある普通の生活・日常に
感謝



