
(今日の新潟大学医歯学総合病院。友人の送迎で
)
勤務先は人気の飲食店。
休日は席待ちのお客様も多く、半端なく忙しい
どこから湧いてくるんだ?っていうくらい、客が入る
でもいつものことだし、いつかは入店するお客様も途切れる。
もうちょっとで休憩だ。
土日祝日はほとんどが通し勤務(希望はしてないけど)
休憩をはさんで昼も夜も働く(希望はしてないけど)
いつもと違うのは、二日前に兄が腸閉塞で入院している。
休憩で家に帰ってもゆっくりしていられない。
桃子
が一人で留守番をしている。
家に帰ったら、桃子
の散歩をしておしっこさせてオヤツあげなきゃ
そんなことを考えて、あと15分くらいで休憩、っていうところでフラッとした。
あれ?ちょっと気持ち悪い?貧血おこすかも
…と思ったところで意識が途絶えた
くも膜下出血で仕事中に店で倒れて救急車
で大学病院
へ搬送されて…ちょうど一年です。
一周年?(笑)ちょっと違うか(笑)
自分の中では二つ目の誕生日みたいな特別な日です
死んでもおかしくなかったのだから、ある意味、新しく生まれた日でもあるのかも。
脳の動脈瘤が破裂して、開頭はしていないけど、カテーテルで脳の動脈瘤部分にコイルを詰めてる。
脳の病変だし、全身麻酔してるから、三、四日の記憶が混濁してる。
ただ、覚えてるのは麻酔から目が覚めて最初に先生や看護師さんにくも膜下出血で倒れて手術したこと、まだまだ危険な状態なんだから絶対安静なことを説明されてから思ったこと
くも膜下出血?私、死ななかったの?生きていられるの?それとも?
でも三途の川なんか見えないよ、お花畑も見えないよ、死ぬときって今までの記憶が走馬灯のようにクルクル回るんでしょ?
走馬灯なんか回ってないよ
私が死ぬときは虹の橋
にいるもも
が迎えにくるんだよ。
もも
来てないよ…じゃあ、まだ死ぬときじゃないんだ。
そうだよ!桃子
がいるじゃない、桃子
が家で一人で留守番してるんだよ。私、死んでる場合じゃない…死にたくない!生きたい!って心からそう思った。
普通の日常を送っていたら、いきなり「死」を目前にすることなんかないから、そんなこと考えたことなかったけど、私、まだ死にたくない、生きたいんだ。
くも膜下出血を経験してから、上手く説明は出来ないけど、人生観が変わった。
五年前に難病を発症したときも人生観が変わったけど、それとはまた違う意味で。
生死の境目に立ったからこそ。
元々、たぶん考え方はシンプル、単純。
でもそこから一層とシンプルっていうかザックリになったような気がする
生き方を楽な方向へ考えられるようになったと思う
大概のことはザックリ(笑)でいいんだ
沢山の人達に支えられて今の命がある。生活がある。
私も生きている以上、誰かのため、何かのために少しでも支えになる、役にたつ人間になりたいって気持ちを忘れない日にしたいんだ…この日を


