週末に、お世話になっている教授が所属している
吹奏楽団のコンサートにご招待いただき、
夫とお邪魔してきました。
私実は小学校の時にチューバ、高校では少しだけサックスを
経験しております。
夫は大学の専攻がジャズトランペット。
(卒業後、プロとして活動していたとか。。。)
夫婦で音楽が大好きなんです。
そんな話を教授にどこかでしていたようで、
あまりお仕事をご一緒したことがないのですが、
覚えていてくださって、
今回お声がけいただきました。
もうめちゃめちゃ楽しかったです✨
音楽って本当に元気が出ます。
生演奏はさらにエネルギーをいただけますよね。
私音楽好きだわ~と再確認できる1日でした。
冬にもコンサートがあるようで、
しっかり予約しておきました笑
実は、自分の好きなこと・ものをしっかり確認できるって
実は幸せなことなんです。
「何したい?」
そう聞かれたとき、すぐに答えられますか?
「特にない」「なんでもいい」「あなたが決めて」
そんな言葉が自然と出てくる方、
多いのではないでしょうか。
私も少し前までそうでした。
これは、欲しいものがない「穏やかな人」
なのではなく、
欲しがることを、
ずっと自分に禁じてきた結果かもしれません。
「我慢することが愛される条件」だった
子どもの頃、こんな空気の中で育った方がいます。
「自分のことより、家族を優先しないといけない」
言葉にされなくても、
その空気は敏感な子どもにはしっかり伝わります。
そして気づかないうちに、
こんな思考が心に刻まれていきます。
「欲しがってはいけない」
「私の意思は邪魔」
「我慢しないと愛されない」
それは、愛されるために子どもが選んだ、
精一杯の生存戦略でした。
大人になっても、続いていく
問題は、その戦略が大人になっても続いていることです。
欲しいものを素直に言えない。
誰かに「どうしたい?」と聞かれると固まってしまう。
そのうち、
自分が本当は何をしたいのか、何が好きなのか、
わからなくなっていく。
代わりに追いかけるようになるのは、
「そこまで欲しくないもの」や
「家族や周りが喜ぶであろうもの」
頑張って手に入れても、
どこか心が満たされない。
また別の何かを追いかける。
でもやっぱり満たされない。
そのループに、心当たりはありませんか?
満たされない本当の理由
どれだけ手に入れても満たされないのは、
「まだ足りないから」ではありません。
満たされない原因は、
「手に入れていないこと」ではなく
「欲しがることそのものを自分に禁じていること」
にあります。
心の奥底では、
今も「欲しがってはいけない」という声が響いている。
だから何を手に入れても、
本当の意味で「受け取った」という感覚にならないのです。
脳は、幼い頃の記憶で動いている
実は、私たちの感情や行動のほとんどは、
幼少期の出来事やその時の解釈をもとに、
脳が自動的に決めています。
「そんな小さなことが?」
と思うような出来事が、
何十年も経った今の自分に、静かに、でも確実に
影響を与え続けていることがあります。
「欲しがってはいけない」という思考も、
誰かに強く言い聞かせられた記憶ではないかもしれません。
ふとした食卓の空気、親の表情、兄弟との比較。
そんな日常のひとコマが、
脳の深いところに「これが生きるルールだ」
として刻み込まれていくのです。
それはあなたの性格でも、意志の弱さでもなく、
脳が一生懸命あなたを守ろうとしてきた結果です。
欲しがることは、わがままではない
あなたが子どもの頃に覚えた「我慢すること」は、
そのときのあなたを守るために必要だったものです。
今のあなたには、もうその鎧は必要ないかもしれません。
「欲しい」と感じること。
「やりたい」と思うこと。
それはわがままではなく、あなたが生きている証です。
まず一つだけ、試してみてください。
今日、誰かに「何食べたい?」と聞かれたら。
「なんでもいい」ではなく、
一秒だけ立ち止まって、
自分の心に聞いてみてください。
「本当は、何が食べたい?」
その小さな問いかけが、
長い間閉じていた扉を、
そっと開ける一歩になります。
