こんにちは、魚半の台所です
暑さ
、寒さも
彼岸までと言いますが
今年の夏は、夏らしくなく過ぎ去ってしまいましたね

その彼岸花について、虹の松原に咲く彼岸花にまつわるお話をしたいと思います

とある小さな駅があります
「虹の松原駅です」
この駅周辺には、昔大変な思いをされた兵隊さんの物語がありました
故 吉田進さん 太平洋戦争で生き残り「残りの人生を世の為に」っと
地域貢献を続けた人のお話です

吉田さんは、戦争で亡くなった戦友の魂をこの地にと
彼岸花を鏡山入口の交差点(国道)からJR虹の松原駅までの
約300メートルの長さに渡り植えられました
その重労働は吉田さんの年齢には大変な作業だったと聞きます
ビルマ戦と言えば、私のお爺ちゃんもビルマ戦にて戦死しました
多くの犠牲者をだした戦争
悲しみや苦しみを乗り越えた人たちの物語は
今も学校の授業や地域の方たちに語り継がれています
生前の吉田さんの活動に敬意を表し鏡商工振興会(海浜館オーナー)瀬戸恵司会長と
その有志が現在も清掃活動を続けています
ここに佐賀新聞の記事をリンクしたいと思います
http://www1.saga-s.co.jp/news/saga.0.1738174.article.html
最後に、関係者のみなさんありがとうございました
そして、数ある日本の花の中でどうして彼岸花だったのでしょうか
考えれば考える程、想像が膨らみますね
彼岸花の赤い色を燃え上がる炎のようにたとえたのでしょうか
それとも一年に一度、必ず会いに来てくれる戦友にたとえてでしょうか
思いは尽きません
生きておたれたら聞けたかもしれませんが、それも叶いません
私なりの勝手な想像で申し訳ありません
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