イタダキネタ
会社はだれのものかというテーマです。
いろいろな会社の、いろいろな階層の方々とお話しさせていただくと、時々今
日のタイトルとした表現が出てきます。
こうした表現は、楽しい会話では出てきません。皆さんの力を借りて、みんな
で協力して、従業員のおかげで、などと言っていた経営者が豹変します。
維新の会橋下氏ではないですが、当たり前のことで何が悪いと感じるオーナー
社長もいるかと思います。
俺が自分でリスクを背負って、汗かき、義理欠き、恥をかき、頭を下げて大き
くした会社。コンプラがなんだ。どうしようと俺の勝手だ。
それも解らなくはない。とも思いがちですが、違います。
また、本人が自分で会社を作ってきたオーナーは、『俺のもの』とは言いませ
ん。育てる過程で、自分の力だけではなく、家族を含む仲間、従業員、資金提
供者、顧客、取引先などの支援で、存在できたことを本当に理解しています。
起業を考えるとき、会社はだれのものか?
間違いなく創業者のものです。財産、収益、取引先すべてが創業者と一体です。
会社という法人と、創業者は不可分です。
事業を開始し、商品、サービスが一定の評価を受け、固定客も付き、従業員採
用など規模拡大に入ります。外部資金の調達も始まります。
このあたりから変化します。個人商店から法人への転換です。
自然人である個人を離れて、ビジネスの推進が法人へ移っていきます。
個人商店の八百屋の旦那が、売上金が入った籠から金を持ち出して、飲みに行
っても家庭内のトラブルを別とすれば、問題は起きません。
従業員、出資者がいると話は変わります。
金をたくさん持ち出すと、仕入代金が払えない、給与が払えなくなります。
俺の店の売り上げは俺のもの、ではありません。
簡単なことなのですが、中小企業の一部オーナーにはなかなか理解されません。
職場におけるパワハラ、セクハラ、いじめへの発展もあります。
抑止機能は、如何にして働くか?
規模にかかわりなく、日常的なビジネスルールの順守です。
売上計上基準、現金出金ルール、ある規模以上となった場合の取締役会の設置、
出金時の?けん制機能の導入と順守。
計画立案と実績確認の繰り返しによる、経営者を含めた、個人業績評価ルール
の確立です。
社長は、自分でルールを決めます。気に入らないルースは排斥します。それで
いいのです。ルールを決める権限は経営者が有しています。自分が決めたこと
は守る。その場対応で、変えない。
従業員、少数株主は、ルールが気に入らないとき、その法人を離れる自由を持
っています。
ルール、基準、作風、周知の慣例、何でもいいのですが、経営の考え方が存在
していないとき、会社は私物化します。
論理、倫理の破たんが起きると、俺の会社は俺のもの、口出しするな、という
表現につながります。
たまたま、著名となった政治家から時々出てくる暴論と背景は同じかもしれま
せん。
自分の大切なものを守り、発展させるために、自分が何をしてきたか、その結
果どうなっているか、今から何をするかを考えていくことで、先に進んでいけ
ます。
最近起きたもう一つのケースは、会社資金の特定社員による流出です。
経営者から、パートまで、一人一人はいろいろな誘惑の中で生きています。不
正がばれない仕組みは、結果として罪人を作ります。
自己と一体化した法人設立によって、起業します。俺の会社です。
何とか動くと、自分のものではなくなるわけです。
経営者の責任は重く大変です。
がんばりましょ
なんでやっているんだろ?
皆のためでしょ