バレンタインデーの歴史と想い出
日本でのバレンタインデーの歴史は結構古く、1958年(昭和33年)2月メリーチョコレート会社(東京)は新宿・伊勢丹の売り場に「バレンタインセール」と手書きの看板を出したそう。
3日間で売れたのは30円の板チョコ5枚と4円のカード5枚だけであったが、翌年ハート型チョコを作り「女性から男性へ」という殺し文句をプラスアルファ。時間はかかったものの、1970年代からはしっかり定着しました。
私も小学校5年生くらいには初めてチョコレートをスーパーで購入し、好きな男の子に渡した記憶があります。
今まで何人にあげたかなぁ~
思い出せません(ボケが進んでおります)。
学生から社会人になり[義理チョコ]なども生まれ、バブルも重なり、今や大市場となった日本のバレンタインデーであります。
バレンタインデーの想い出は?
と、訊かれたら、一つだけあります。
残念ながら、自分の想い出ではなく、幼なじみのバレンタインデーに付き合った想い出です。
当時、高校生の私たち、
幼なじみの彼女は先生に恋をしていました。
草刈正雄風のその先生は女子高ということもあり、なかなかの人気でした。
ゆえに、
彼女は誰よりも[先に]あげたい…
[一番]にあげたい…と考えた模様。
『朝一番で先生のアパートに届けたい、
付き合って欲しいのっ!!』
私にNOという理由はない。
が、ひとつ躊躇する理由があった。
ししし、しばれる⛄からです。
北海道の2月14日は寒さのピーク、
早朝には内陸ではない町でも-10℃を下回ることも多いのです。
が、友情は大切です
『オッケーよ』リクエストに応えます。
当日、予想通りに…
きぃ~~~んという冷え込み、
やはり-10℃を下回っていました。
冷えて片栗粉のような雪をキュッキュッと音を立て踏みしめ身をすぼめて歩く…ひたすら歩く。
待ち合わせのバス停で真っ白な息を吐きながら礼を言い、喜ぶ彼女の可愛らしさを今でも懐かしく思い出します。
しばれる朝のバレンタインデー
は、ボケない限り、
寒くても温かい私の大切な想い出です。









