骨折にも感謝! 笑顔が集める幸せ。 株式会社グッドボックス 市原郷子さんのお話
こんにちは
久しぶりの強みハイライトインタビューの更新となりました。
今回は、グットボックス取締役の市原郷子さんです。
私は幸運にも市原さんのお話を2度伺う事ができました。
一度目はインタビューとして、2度目は渋谷中央の倫理法人会での市原さんの講演を拝聴した時でした。
倫理法人会での市原さんは、なんと足の骨折2日目での講演。
しかし右足のギブスをサンタクロースの靴下にまとわせて登場した市原さんは、はちきれる程の笑顔でした。
今回は、倫理法人会での講和とインタビューの内容をまとめた形で記事にしたいと思います。
-------------
今日、この場で公演できる事に非常に感謝しています。
私はこの骨折で2つの事を学びました。
当たり前の事のありがたさと、人の温かさです。
私が骨折した日に、いろいろなサプリメントを夜に届けてくださった方がいらっしゃいました。
家族と、こんな事はなかなかできないよねと話し合っていました。
昨日は、歯科衛生士の専門学校で私の始めての授業の日でした。昨日も足の骨折があったので、座って出席をとったのですが、専門学校の子達は、私に顔を見せようと出席の返事の時に立ってくれたりするんです。
私が一人一人に対して、
「今のハイという返事の、イの後の小さなッの感じが良かったね。」とか、
「わざわざ立ってくれるっていいね」とか褒めると、
生徒たちも
「先生、そんな事で褒めてくれる人、いないよー」
と喜んでくれるのです。
帰りに夫が車で迎えに来てくれた時も、専門学校の子が松葉づえを持ってくれたり車いすを押してくれたりするんです。
まるで芸能人のような待遇でした。
彼女たちの笑顔は本当にかわいいのです。
歯科衛生士は顔にマスクをつけますが、笑顔は目でも伝わります。
私は彼女たちに、患者さん達はあなたたちの笑顔を求めているのですよという事を伝えました。
今日は、やろうと思えばかならずできるという事をお話したいと思います。
なぜなら私ができたからです。
私は小学校の頃、全く手を上げない内弁慶な子でした。
小さい頃熊本で育った時の私は、内弁慶でとてもしゃべらない子でした。
姉は体が弱かったのですがいつもニコニコしていて、親戚中からの人気者でした。
3歳の頃、私も幼いながらに
「今日は笑うぞ」
と心に決めていたのですが、おばが会って早々
「郷ちゃんは笑わんからね」
と言ってくるのです。
「いいんだ、もうしゃべらない!」
そう言われて心に誓って、またずっとムスっとしているような子でした。
小学校3年の頃、私は千葉に引っ越しました。
登校初日に、その小学校では劇の練習をしていたのです。
私もやめればよかったのに役をいただきました。
その時のセリフはたったの5文字です。
「あつしくん」と呼ぶセリフです。
このあつしくんの呼び方が訛っていたんですね。
たった5文字のセリフで、教室中にどっと笑いがおきました。
その時私は、「この学校でも静かにしていよう」と思っていました。
そんな中、忘れもしない12月14日です。
清水桜子ちゃんという子が、
「郷ちゃん、回旋塔で遊ばない?」
と聞いてくれたのです。
その時の私はきっと素の私だったのでしょうね。
熊本には無かった回旋塔で遊ぶのは私の憧れでした。
ニコッと笑った私を見て桜子ちゃんは
「郷ちゃん、笑うとかわいいね。」
と言ってくれたのです。
桜子ちゃんは小学校3年生にしてナチュラルコーチだったのですね。
その時から私は笑ってもいいんだ、私は笑うとかわいいんだ、と思ったのです。
私には毎日続けている事があります。
毎朝、その日やる事を10回東の空に向かって唱えるのです。
例えば今日は3:45分に起きました。そして、
「セミナーを成功させる、セミナーを成功させる」
と10回唱えるのです。
夢があったら、それを口に出して言う事で叶うようになるんです。
例えば私は白衣を来たいという夢がありました。ある時、医者の先生が集まっている所で、
「私、昔から一度でいいから白衣を着てみたかったのよね」
と言ったところ、そのお医者さんがピンクの白衣をわざわざ送ってくれたのです。
しかも丁寧にMとLの2つのサイズを。
あまりにも嬉しかったので、私は白衣に着替えて写真を撮りその写真の目の所だけハートマークに変えてブログにアップしました。
それを見た私の友人が久しぶりに連絡をくれ、「郷ちゃん大丈夫?」と言ってくれました。
何か、アキバ系にデビューしたのかと勘違いされたようです。
私はこの1月までPCスクールを経営していました。
十数年経営したPCスクールでしたが、社員に\0 で譲渡しました。
手放すと、新しいものを手に入れる事ができるのですね。
PC スクールを譲渡してから、私は専門学校の仕事をいただきました。
そして、私は昔から表参道にオフィスを持ちたいと思っていたのです。
町田にあったPCスクールを手放した時、ちょうど今の表参道のオフィスで、シェアルームをしないかという話しをいただきました。
このきっかけで長年の夢であった表参道にオフィスを構えるという事が実現できました。
今日の公演にも大勢の方に来ていただきました。
私のコーチ、インターネットで知り合ったコーチ
私の息子、娘3人や、息子の友達。
息子の友達は、まだ学生ですがこの朝早く(6:30)にみんなそろってきてくれたのです。
また、この後学校があるのにブレザーを着ていくよって言ってくれたのです。
私の娘や息子、そして息子の友人は本当にいい子達です。
彼らは私の自慢です。
----------------------------
渋谷の倫理委員会の、市原さんの人気は格別でした。
どんな時でも笑顔、そして足を骨折しても衰えないパワーはそばにいてもらうだけで周りにいる人を元気にしていました。
息子の友人ともとても仲が良く、友人さん達は幼稚園の頃からの付き合いだと言っていました。
またこの息子の友人から市原さんは誕生日のプレゼントでワインをもらったりもしたそうです。
倫理委員会に出席した方々が口ぐちに、
「市原さんの笑顔で元気をもらう」
とおっしゃっていて、中には来世で市原さんと結婚するのが夢だという方もいらっしゃいました。
市原さんの強みは
ポジティブ
コミュニケーション
着想
社交性
最上志向
常に笑顔で周りに常に感謝する市原さん、周りを明るくする強みを全開にしている素敵な女性でした。
笑顔と感謝を振りまく市原さんを見て周りが明るくなっていく、
そんな市原さんの公演をお聞きして、改めて夢はかなうと強く感じました。
久しぶりの強みハイライトインタビューの更新となりました。
今回は、グットボックス取締役の市原郷子さんです。
私は幸運にも市原さんのお話を2度伺う事ができました。
一度目はインタビューとして、2度目は渋谷中央の倫理法人会での市原さんの講演を拝聴した時でした。
倫理法人会での市原さんは、なんと足の骨折2日目での講演。
しかし右足のギブスをサンタクロースの靴下にまとわせて登場した市原さんは、はちきれる程の笑顔でした。
今回は、倫理法人会での講和とインタビューの内容をまとめた形で記事にしたいと思います。
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今日、この場で公演できる事に非常に感謝しています。
私はこの骨折で2つの事を学びました。
当たり前の事のありがたさと、人の温かさです。
私が骨折した日に、いろいろなサプリメントを夜に届けてくださった方がいらっしゃいました。
家族と、こんな事はなかなかできないよねと話し合っていました。
昨日は、歯科衛生士の専門学校で私の始めての授業の日でした。昨日も足の骨折があったので、座って出席をとったのですが、専門学校の子達は、私に顔を見せようと出席の返事の時に立ってくれたりするんです。
私が一人一人に対して、
「今のハイという返事の、イの後の小さなッの感じが良かったね。」とか、
「わざわざ立ってくれるっていいね」とか褒めると、
生徒たちも
「先生、そんな事で褒めてくれる人、いないよー」
と喜んでくれるのです。
帰りに夫が車で迎えに来てくれた時も、専門学校の子が松葉づえを持ってくれたり車いすを押してくれたりするんです。
まるで芸能人のような待遇でした。
彼女たちの笑顔は本当にかわいいのです。
歯科衛生士は顔にマスクをつけますが、笑顔は目でも伝わります。
私は彼女たちに、患者さん達はあなたたちの笑顔を求めているのですよという事を伝えました。
今日は、やろうと思えばかならずできるという事をお話したいと思います。
なぜなら私ができたからです。
私は小学校の頃、全く手を上げない内弁慶な子でした。
小さい頃熊本で育った時の私は、内弁慶でとてもしゃべらない子でした。
姉は体が弱かったのですがいつもニコニコしていて、親戚中からの人気者でした。
3歳の頃、私も幼いながらに
「今日は笑うぞ」
と心に決めていたのですが、おばが会って早々
「郷ちゃんは笑わんからね」
と言ってくるのです。
「いいんだ、もうしゃべらない!」
そう言われて心に誓って、またずっとムスっとしているような子でした。
小学校3年の頃、私は千葉に引っ越しました。
登校初日に、その小学校では劇の練習をしていたのです。
私もやめればよかったのに役をいただきました。
その時のセリフはたったの5文字です。
「あつしくん」と呼ぶセリフです。
このあつしくんの呼び方が訛っていたんですね。
たった5文字のセリフで、教室中にどっと笑いがおきました。
その時私は、「この学校でも静かにしていよう」と思っていました。
そんな中、忘れもしない12月14日です。
清水桜子ちゃんという子が、
「郷ちゃん、回旋塔で遊ばない?」
と聞いてくれたのです。
その時の私はきっと素の私だったのでしょうね。
熊本には無かった回旋塔で遊ぶのは私の憧れでした。
ニコッと笑った私を見て桜子ちゃんは
「郷ちゃん、笑うとかわいいね。」
と言ってくれたのです。
桜子ちゃんは小学校3年生にしてナチュラルコーチだったのですね。
その時から私は笑ってもいいんだ、私は笑うとかわいいんだ、と思ったのです。
私には毎日続けている事があります。
毎朝、その日やる事を10回東の空に向かって唱えるのです。
例えば今日は3:45分に起きました。そして、
「セミナーを成功させる、セミナーを成功させる」
と10回唱えるのです。
夢があったら、それを口に出して言う事で叶うようになるんです。
例えば私は白衣を来たいという夢がありました。ある時、医者の先生が集まっている所で、
「私、昔から一度でいいから白衣を着てみたかったのよね」
と言ったところ、そのお医者さんがピンクの白衣をわざわざ送ってくれたのです。
しかも丁寧にMとLの2つのサイズを。
あまりにも嬉しかったので、私は白衣に着替えて写真を撮りその写真の目の所だけハートマークに変えてブログにアップしました。
それを見た私の友人が久しぶりに連絡をくれ、「郷ちゃん大丈夫?」と言ってくれました。
何か、アキバ系にデビューしたのかと勘違いされたようです。
私はこの1月までPCスクールを経営していました。
十数年経営したPCスクールでしたが、社員に\0 で譲渡しました。
手放すと、新しいものを手に入れる事ができるのですね。
PC スクールを譲渡してから、私は専門学校の仕事をいただきました。
そして、私は昔から表参道にオフィスを持ちたいと思っていたのです。
町田にあったPCスクールを手放した時、ちょうど今の表参道のオフィスで、シェアルームをしないかという話しをいただきました。
このきっかけで長年の夢であった表参道にオフィスを構えるという事が実現できました。
今日の公演にも大勢の方に来ていただきました。
私のコーチ、インターネットで知り合ったコーチ
私の息子、娘3人や、息子の友達。
息子の友達は、まだ学生ですがこの朝早く(6:30)にみんなそろってきてくれたのです。
また、この後学校があるのにブレザーを着ていくよって言ってくれたのです。
私の娘や息子、そして息子の友人は本当にいい子達です。
彼らは私の自慢です。
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渋谷の倫理委員会の、市原さんの人気は格別でした。
どんな時でも笑顔、そして足を骨折しても衰えないパワーはそばにいてもらうだけで周りにいる人を元気にしていました。
息子の友人ともとても仲が良く、友人さん達は幼稚園の頃からの付き合いだと言っていました。
またこの息子の友人から市原さんは誕生日のプレゼントでワインをもらったりもしたそうです。
倫理委員会に出席した方々が口ぐちに、
「市原さんの笑顔で元気をもらう」
とおっしゃっていて、中には来世で市原さんと結婚するのが夢だという方もいらっしゃいました。
市原さんの強みは
ポジティブ
コミュニケーション
着想
社交性
最上志向
常に笑顔で周りに常に感謝する市原さん、周りを明るくする強みを全開にしている素敵な女性でした。
笑顔と感謝を振りまく市原さんを見て周りが明るくなっていく、
そんな市原さんの公演をお聞きして、改めて夢はかなうと強く感じました。