無駄だと思っていた2年間は、一番大切な事を学んだ2年間 | 何かをやりたいけど整理できていない方へ、行動を起こすヒントを伝えるブログ

無駄だと思っていた2年間は、一番大切な事を学んだ2年間

こんにちは

今回のインタビューは、
最上志向、ポジティブ、社交性、コミュニケーション、自己確信を持つ

きっしゃん寿司
の岸本さんです。

大学時代のラクロス部内のなんでもランキングで
『女好き』1位、『エロい人』2位に見事ランクインしたきっしゃん、

今回は、
「僕のピークは、高校野球の頃ですよー。あと一勝で甲子園でした。
実は兵庫大会は地区予選の4回戦から甲子園球場を使わせてくれるのですけどね」
と明るく笑うきっしゃんが、教師を目指して勉強カフェに通うまでのお話を伺いました。


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教師になる夢は予備校の時に決めました。

僕最初中学で野球をやっていた時には補欠だったんです。
そこそこ強いチームだったんですけどね。
引退して、高校でも補欠だったらくやしいだろうなと思いました。

僕足があるわけでは(俊足では)無いし、バッティングも特別良いわけではなかったですから。
何なら勝負できるかなと考えて、キントレだったら努力だけで勝負できると思ったんですよ。
今でもキントレやっているルーツはそこからですね。

野球部に入って一年夏になると3年生が引退するじゃないですか。
秋の大会までガムシャラにやっていたら、たまたまプロ級の野球選手にバッティングを教わる機会が
あったんです。
その一ヶ月で急成長できて、そこからレギュラーをとったり取られたりというところまで来ることができました。

でも1年から2年になったとき、監督が変わったんです。
野球をあまり知らない監督だったのですが、
そこで突然スコアラーやれ言われて、全然試合に出れなくなってしまいました。
レギュラーとして試合に出ているあいつらより自分の方がうまいよ
野球も知らない監督がなんで・・・
と腐りかけて家でも愚痴っていました。

やってられんわと言っていたら、親父に一言いわれました。
「お前がイチローや松井くらい実力があればその監督でもお前のこと使っているぞ。」
この一言で目が覚めて、そこから誰よりも練習して、誰よりも声出すようにしました。

そんな時、また監督が変わったんです。
その監督が、突然試合中に代打で使ってくれて、その時は三振だったのですが
5月から6月も試合で使ってもらえるようになりました。

そして2年生の夏の大会が終わると、
「岸本、キャプテンやってくれ」
といわれました。

引退した後で、
「何であの時補欠だった自分を出してくれたのですか」
と聞いたところ、
「一番元気そうだったから」
と答えてくれました。

いろいろ厳しい監督でキャプテンとしては部員や保護者との間で大変なこともありましたが、
自分にとっては恩師ですね。

僕高校3年時には、そんなに将来こうなりたいっていうものは無かったのです。
3年になって、大学いかなあかんねんな、
将来なりたいもの無いなー
と思いながら、体育大ばっかり受けていました。
勉強全然してなかったですからね。
結局全部落ちて浪人でそこから予備校に行くようになりました。

予備校になると一気に自由です。
その中で、世界史の川野先生がとても面白かったのですね。


30歳前後のブーツはいているような女の先生だったのですが、全身全霊で授業する人です。
大声張り上げて、教室中を歩き回って、感情を込めてといった感じで授業をして、
授業が終わるとヘロヘロになっていました。

最初は衝撃でした。
なんやこの人って思いました。
その中でみんなもバンバン手を挙げるのです。

川野先生が、「歴史は人が歩んできた人生だ。
社会とのつながりを考えて、こういう風に考えたら自ずと歴史で起こったようになるでしょう?
それが実社会との関連性になるんだよ。
じゃあ君たちはどうするの?」っていつも言っていました。

毎回フィードバックの紙を書かせるのですが、僕ら100人近くに対して一人ひとりコメントするんです。


強みハイライトインタビューアー りょうのブログ

(写真はきっしゃんがインタビューの時にもってきてくれた川野先生のコメント)


毎回授業のあとに先生を囲んで話がしたいって10人位で集まっていましたね。

第二次世界大戦はヒットラーのファシズムとなっていましたが、
ヒットラーが暴走するって分かっていて放置していた人達もいたのです。
歴史って事件があると人のせいにしているけど、
問題が起こるまで原因を放っておく周りにも責任があるんだって知りました。

歴史を学ぶって事は、行き方を学ぶ事だって実感しましたね。
僕の大学時代、体育会で遅刻する人を周りが批判する場面があったのですが、
自分から自然に遅刻を許す空気があったのが問題なんと違う?と聞けました。
今思えば、あの時の先生の授業の影響かなーと思いますね。

先生と仲の良い10人位で授業が終わった後に、
先生ここわからんわーっていう話にすぐなるのです。
その時に先生が、誰かこのこと授業してみーって言うのですね。

僕も、授業で発表したらすごい良かったのですね。
川野先生にもとてもわかり易く良かったと言って頂きました。
元々人前で話すの好きなので、自分が生き生きしている場面に出会ったという感じでした。

勢いがあって、夢をもっていて、
こういうのって子供達に伝えなあかんなーと思いました。
受験する頃には、教師になるんだ。そのためには世界史・地歴がとれる学校という事で
社会学部のある学校を選びました。

でも大学に入ると、目的をもって学校に来ている人がほとんどいなかったのですね。
違うよなーと思いました。
僕は部活に熱中しましたが、みんながんばってないなー、なんでかなーと考えていました。

その時に大人や教師、親が目的意識を持って接してないなと思いました。

将来こうなりたい、じゃあ大学一年のときにはこういう勉強をしないと、
じゃあどこの学部に行こうかって本来は逆算すべきなのに、日本はできてないなーと。
社会人2年目で飲み会に行っても愚痴が多いし、仕事が楽しいっていう人も少ないんです。
これはそういう夢を伝えないといかんな、と教師になる想いが更に強くなりました。

教員免許の教職実習をしても楽しいし、やっぱり教師にならないとあかんなーと強く思っていました。
しかし、あるとき立派な社会人になれって送り出す教師が社会人の経験が無かったら偽者やないかと感じたのですね。
教職の座学を勉強していて「知識がある=良い教師」ではないなとはずっと疑問に感じてました。
このまま社会人になったこと無くて教師になって、
どうやって生徒に「夢を持て」って言えるのかと思ったのです。

3年の終わりまで教職ばっかり取っていましたが、
大きな企業に入って社会を知ろうと思って、最後の3ヶ月で就職活動しました。
そして試しに就職活動を始めてみるとそれが面白くて
「じゃそのまま社会にでちゃおう」ていう感じでした。

社会人になると、全然違う学部の人、遊び人の人、年上の人、つき合いが広がってとてもギャップを感じました。
学生時代は人と深く入りこむのが得意ではなく、野球部やラクロスの体育会など限られている人だけと付き合っていましたからね。
人と話す時には作り笑いをしていて、無理しているから心から楽しめないんです。

あせっているから変にしゃべって、笑わせないと、仲良くならないとって一方的に話しすのですが、
相手を見ているとうまく行っていないことが分かるんです。
お互い腹割って話していないフワフワした会話して、笑っているけど全然楽しく無いなーと感じていました。

愛想笑いをしていた相手と別れて一人になった瞬間に
自分からため息が出てくるんです。
そのため息で、あー自分無理していたんだなーと気づきます。

和の中に入れていないのかな、自分だけとけこめていないのかなー、
なんか違うなーという疎外感を最初の3ヶ月位感じていました。

じゃあどうしようと、少しポジティブになって新しい事を試すのですがうまく行きません。
大学時代は楽しかったよな、どうやって接していたのだろうと考えすぎても答えは出ず
またどうしようと考えてを繰り返して、しんどいなーと感じていました。
昔の仲間と会ってはほっとして、やっぱりお前らいいよな、とそこばかり求めていました。

そんな時に、救ってくれたのは昨日も3時まで飲んでいたゆうすけという会社の同期です。
ゆうすけは、僕と2人になった瞬間に
「きっしゃん、一対一で話したかってん。きっしゃん壁つくっているよなー、悩んでいるやろ」
と言いました。

その話を聴いた瞬間に僕泣いていました。
自分事を理解してくれる人がいるんだって、気が晴れて泣きました。
最初は周りに壁を感じていましたが、
「そうか、自分が壁を作っていたんだ。
なかなか周りが開かないって思っていたけど、コイツと同じことすればいいんだ
難しく考えなくていいんだ」
って思えたんです。

そこからは一気に回復しました。

社会人も2年目が終わろうとする最近、最初とイメージ変わったってよく言われるのです。
裏表が一切ないよねって。
嫌なときは嫌な顔をするし、上司・後輩・同期にも同じ対応するし。
誰に対しても裏表無くありたいって思っていたので、そう言われるのは嬉しいですね。
前はしたくてもそんな事ができなかったので、それが2年間の一番の成長かも知れません。

今日はインタビューでいろいろ引き出してもらってありがとうございます。
最初インタビューを依頼されたときは高校時代の話がメインになるのかなーと思っていたのですが
こんなに最近大切なことを学んでいたって気づきました。
社会人になっての2年間は無駄が多かったって思っていたのですが、
教師になるために一番大事なことをちゃんと学んでいた大切な2年間だったのですね。

教師になる夢のため、最近また世界史勉強し始めたのですよ。
熱く情熱的に教えてくれている予備校の先生だったのですが、
本を読む、授業を受ける、教科書を読む、問題集をとく、間違ったところを復習するって
実は僕が学ぶまでの仕組みをちゃんと体系化してくれていたんです。
川野先生、仕組み化までやっていたんだと今だから気づきました。


きっしゃんと始めてお会いした印象は、さわやかな笑顔と軽快なトークの好青年。
まさしく、社交性の強みが出ていました。

野球部時代、自分の持てる力を筋トレに求めた所に最上志向、
壁にぶつかってもすぐ立ち直る所にポジティブさを感じました。
ラクロス部で『女好き』1位、『エロい人』2位になったのも
社交性とコミュニケーションの強みからだと思いました。

そして教師になる夢もコミュニケーションの強みで生徒たちに大切な事を伝えていきたいという意志を、
どんなに逆境にあっても信じている道を進む所に自己確信が出ていると感じました。



今まで41名の方にインタビューのご協力をいただきました。

インタビューの様子は、
人生のハイライトインタビュー集の目次

をご参照ください。

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