18年目に知った院長の熱い想い
こんにちは
久々の人生ハイライトインタビューの記事 をお届けします。
今回は
共感性 収集心 責任感 内省 最上志向 をお持ちの
negisun さん
http://negisun.blog.shinobi.jp/
にインタビューさせていただきました。
CTP17 のオフ会で人生ハイライトインタビューが話題になり、
私がインタビューを受けてくださる人を募集していたら手を挙げてくださいました。
インタビューを受けていただいたきっかけも、
「私がインタビューを受けてくださる人を探すのが大変だろうな」
と共感してくださったからだと聞いて早くも共感の強みだなと感じました。
インタビューでは、negisun さんが20年働く病院で院内コーチングを始めたきっかけをお聞きしました。
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今のメタボ検診の保健指導は、正しいやり方を正しく「指導」します。
しかし指導ではなかなかうまくいかないと聞きます。
私はここにコーチングが生かせればと思っています。
指導という形ではなく、何かできる事は無いですか?と聞くことで、相手に考えてもらうのです。
例えば、検査データが悪化していた場合、悪化した原因は本人がよく分かっています。
ここで次回の検査までにできる事を聞くと、自発的に何ができるかを答えてくれます。
コーチングで自分自身の生活を見直してもらうと、
「ここからここまでならできる」とできる事が具体的になるのです。
生活習慣を変えるために自然と健康に目覚める人もいます。しかし、待っていると目覚めない人もいるのです。
でも、そんなに大変じゃないんだと気づけば人は変わることができます。
私自身も忘れていましたが、院内コーチングをやりたいと言ったのは4年くらい前からのようです。
職場での院内コーチングは1年前からやっと始められましたが、
自分の中ではまだ10点中の3点くらいの状態です。
コーチングという言葉はまだまだ浸透していないので、敬遠されていたり、指導を期待する人も多くいます。
よりよい状態にするために工夫していくことは、最上志向の強みがあるからでしょうか?
生活習慣の改善には、コーチングだけではなく指導案を考えられるようなスキルも必要だと感じました。
そのため健康管理士一般指導員資格認定試験を受けて私に足りない知識を身につけていっています。
私が看護婦に興味を持ち始めたのは、小学校2年生の頃でした。
当時保健係としてけがをした人を保健室まで連れて行く事をしていたのですが、保健室で
「こういう仕事、向いているよね」とほめられたのです。
責任感の強みがあるので、自分の係はきちんとしていたのでしょう。
友達に一緒についていって、処置が終わるまで一緒にいただけなのですが、しっかりほめられたのは
嬉しかったですね。
その体験から小学校の卒業文集には看護婦になるって書いていました。
その後もずっと看護婦になりたいと思い続けて看護学校に進みました。
看護学校では、実習とバイトで一日4~5時間の睡眠の生活でした。
大変でしたが、自分がそれに向いているという部分は変わりませんでした。
私の母は肺が悪く、入退院を繰り返していたのですが、
看護学校にいる時に母の髪や体を洗ってあげたりしました。
病院も看護婦になる娘さんならと、任せてくれました。
しかし、働き始めた4月に母が他界しました。
私は4月から一人でアパート暮らしを始めましたが、一人暮らしを始めた頃は電話がありませんでした。
4月は電話の工事の予約も混み合っていて、電話の回線を引くのに時間がかかったのです。
電話の回線が引かれたのは4月24日で、その翌日の早朝に姉から母の容態が急変したと連絡が入りました。
その日は仕事でしたが、電話が入っていなければ、職場に行くまで連絡が取れなかったと思います。
私の部屋に電話が入るのを母は待っていてくれたように思えました。
母が亡くなる2日前に看護婦の国家試験の発表があり、その報告をしたのが、母と会った最後でした。
本当に母は私が看護婦になるのを見届けて、安心して逝ったのかなと思えました。
当時はまさか自分の母親が死ぬとは思っていなくて、看護婦になるのが遅すぎたと思い、辛い気持でした。
看護婦になる意味が無くなったとも感じましたが、
母が亡くなったあと家で父、姉、弟と10日間ゆっくり過ごしたことで、
もう一度病院に行って役立つ人になりたいと感じました。
病院で私は中材、内視鏡室、オペ室を担当しました。
手術をする医師にとっては、オペ室の看護婦が新人だろうがベテランだろうが関係ありません。
医師はいかに安全に短い時間で手術ができるかという所に集中しているので、看護婦は仕事ができて当たり前という感じでした。
責任感の強みや最上指向、内省、収集心など、きっといろいろな強みを生かしつつ、
その場に適応していこうとしていたのでしょう。
手術室の器械どのように使うのか?
どのように手術室で動けばいいか?
いかにベテランみたいになるかという事を無意識で考えていました。
この仕事自体は面白かったのですが、患者さんと話す機会はほとんどない職場環境でした。
3年もこの環境で働いていると、人とどうやって話しを始めたらよいかが分からなくなってしまいました。
そしてその職場の外科の医師の知り合いから開業医での仕事を紹介してもらい今の職場に移りました。
開業医の院長は、患者さんに対してとても熱心に診療をする医師でした。
ナチュラルコーチですね。相手も信頼して話をするような人です。
患者さんも「ここに来ると元気になる。ここにいる間は痛くない。治った気持ちになる」
とおっしゃるのです。
20年前に今の病院に初めて来た時には、私は外来の患者さんに対して会話ができず、
ほとんど話をしないで、黙って仕事をする状態でした。
再び責任感の強みや最上指向、内省、収集心など、きっといろいろな強みを生かしつつ、
この職場にも適応していきました。
そんな職場にも慣れてくると
何も持たずに職場に来て、働いて帰るという事ができるようになっていきました。
少し手持無沙汰を感じていたときにコーチングとの出会いがありました。
新聞広告でコーチングの体験セミナーが開催される事を知り、
医療関係の人以外と話す事に興味を持ち夕方に新宿のセミナーに参加しました。
その体験セミナーに参加した全員が初級クラスに入るというので、
みんながやるなら私もやろうかなという気持ちになりました。
コーチングは明るいイメージでした。
コーチングを始めると、コーチングのセッションで取り上げたテーマが実現していくのです。
ゴールを決めて話すことで、ほぼできそうな感じになるのです。
医療の現場では最後には人が亡くなったりと辛い部分が多いのですが、
コーチングで明るいイメージを知って、両方仕事にしたら人生楽しくなるかなと感じていました。
ある時、あなたが特化したコーチングって何?と聞かれました。
夢を叶える等という言葉が思い浮かぶのですが、それってコーチングをやっている誰でも一緒だよね
と思いました。
コーチングも専門性が大切です。
結局、長年の経験がある医療でのコーチングにたどり着きました。
そして院内コーチングを始めることをコーチングのテーマとして何度も掲げました。
内省の強みがある私はいくらでも考えるのです。
コーチングのテーマに取り上げる事で、院内コーチングは具体的にはなるものの、2年くらいは迷っていました。
しかし、いろいろな人に話をして、
これだけはっきりやる事が固まっているのに、行動を起こさないのってどうなの?と
私の中で段々と意識が変わっていきました。
最初は院長からOKをもらうのは難しいのではないか?事務長はなんというのだろう?
心配事は尽きませんでしたが、コーチングで具体的な話をするうちに
できる範囲でやろうという気持ちになりました。
私の背中をコーチングしていただいた方々が押してくれたような感じです。
そして、2008年2月に医療コーチングについて院長に伝えるだけ伝えようと思いました。
院長にコーチングに関してやりたい事があるから話を聞いてほしいとお願いしました。
その頃の院長は、私からみて少し疲れ気味のように見えていました。
ちょっとした空き時間を狙ってアイロンがけもする面接室で院長と話しをしました。
その時は院長からだめと断られるならそれでOKという気持ちでした。
院長もかしこまって言われるので何だろう?とはてなマークがいっぱいついていたと思います。
私が辞めたいとかいう話ではなさそうだなと思っていたのではないでしょうか。
私が、
「患者さんとの指導の場面でコーチングを活用したいと思います。
コーチングは相手がやりたいものを見つけるものです。
コーチングをすることで改善の方向に患者さんが動き出す事になります。
診療の間は集中できないので、コーチングのための時間と場所が欲しいです。」
という事を伝えました。
院長は
「病気を治すことはたまにはできても、必ず直せるわけではない。
だけど人をHappyな気持ちにさせることはできるよね」
と話してくれました。
そして「あなたが言うコーチングもそれに近いものがあるのかな」と、
喜んで賛成してくれました。
18年同じ職場にいて聞いた事も無い話しでした。
普段は疲れ気味の院長も院内コーチングの提案をしたときには、とても嬉しそうに喜んでくれたのです。
「この人がコーチングに向きそうだという人がいたら、話をしてあげる」と言ってくれました。
そして、
「忙しくなるだろうけど大丈夫か?」と心配もしてくださいました。
私は「そんなにコーチングを受けてくれる人もたくさんいないだろうから大丈夫です」と答えましたが。
コーチングは午前中の診療の開始前の時間と、午後の診療の開始前の時間にすることにしました。
つまり仕事の時間以外の時間にしようとしていたわけですが、
院長は事務長と話し合い一回のコーチングにつき20分の時間外手当を出してくださることになりました。
その後は医療について、院長の思いや自分の思いを話せるようになりました。
今は、医療コーチングを広めるために、患者さんに興味を持ってもらえるようなパンフレットを作っています。
このパンフレットは少しでも多くの患者さんとコーチングの機会を増やすためのものです。
生活習慣改善におけるコーチングの有用性を人に伝えられるようにするために、これからもっと経験を積みたいと思っています。
そんな折に、ネットで私のプロフィールを見た出版社の方から
生活習慣改善にコーチングを生かすノウハウ本を書いてみませんか?
というメールをいただきました。
このメールは私にとってはとんでもないリクエストでした。
しかし収集心や最上志向という強みでしょうか?
このメールにより今からさらに院内コーチングを発展させて症例報告をして、
コーチングの有用性を検証できるようにしていくという具体的な目標も見つかりました。
私にとって医療コーチングとは、仕事と言ってしまうと少し違う感じがしますし、
使命とまでは思わないけど、私の経験が最大限活かされるものだと思っています。
私、仕事は大好きなんですよ。
もっと経験を積む事で院内コーチングも仕事になっていったらいいと思っています。
ストレングスファインダーで強みを発見してから
今までにしてきたことを自分なりに解釈し直したりしていました
今日のインタビューでそれをもう一度話すことで思い出していました
りょうさんが強みに関して何度も質問をしてくれていたし
どんなふうに強みが生かされていたのかを
何度も繰り返し質問してもらった事で
自分で分析していた以上にいろいろと考えられました
強みについてより深く考えて、答えを出していたと感じました。
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今回、私がジーンときたのは18年目に院長の想いが聞けたという事でした。
院長が理想像を描きながら、日々の仕事でなかなか実現できないもどかしさを
一番近くにいたnegisun さんがコーチングという形で解をしめしてくれた、
ずっと一緒に一番近くで働いていた人が思わぬ形で自分の想いをサポートしてくれるという事を知った気持ちは、どんな想いだったのだろうと感じました。
インタビューには淡々と話すnegisun さんでしたが、院内コーチングへの想いは強い責任感を感じました。
その院内コーチングも2年もの間考え続け、一歩ずつ実現するところに内省の強みを感じました。
そして患者さんへの共感性からか健康管理士一般指導員資格認定試験といった情報を収集し取り入れていく所に最上志向を感じました。
ノウハウ本という新たな展開が始まったnegisun さんの院内コーチング、
私もいつか書店で手に取ることができると確信しています。
ありがとうございます。