逃げなければいつかできる。野球から教わった事。
こんにちは
3分間スピーチ、第二弾
私が25年以上取り組んでいる野球について3分間スピーチを書いてみます。
小学校の時、親父の投げた最初のボールは捕れずに顔面に当たり、鼻血が出ました。
親父は「なんてお前は運動神経が鈍いんだ」と怒りだし、親父とのキャッチボールはたった1球で終わりました。
今から考えると、そんな最初から全力で投げてくる親父も親父ですが、当時は泣きながら家に帰って二度とキャッチボールはするもんかと感じていました。
中学で本格的に野球を始めても、どんなに一生懸命ボールを投げてもピッチャーの所からキャッチャーまで届きませんでした。
足も遅い、ボールも捕れない、打ってもバットにかすることも無い。
3年間で試合に出たのはたったの2打席。しかも両方とも三振。
3年間部活動を続けられたのは満足でしたが、3年間野球をやって一度も試合で前にボールを飛ばした事も無く辞めていくのもさみしいなと思っていました。
また、みんな「野球はこれでやめるよ」と言っていたので、「人数ギリギリだし試合に出れるかも」という思いもあり、高校でも野球を続ける事にしました。
毎日、歩くのもやっとになるまで練習する中で、
「辛かったら笑え~」と先輩から声をかけられました。
1年半もすると、3年生は引退し試合にも出れるようになりました。
秋の大会でバントが雨でぬかるんだグランドにはまり、人生で初めてのヒットを打つことができました。
翌日に地方大会の結果を掲載した新聞を見て、
「あの結果が新聞記事に影響している」
と妙な感動を覚えました。
いつかヒットを打ちたい、
いつかホームランを打ちたい、
いつかピッチャーやってみたい、
大学、草野球と野球を続け、最初は無理だろうと思っていた事がどんどん実現していきました。
どんなに大変でも逃げなければいつかできるようになる。
野球から大切な事を教わりました。
この記事は、私の3分間スピーチを鍛えるために書いています。
今回は、趣味から教わった事というテーマで書いてみようと思いました。
好きな事なので、筆も進むだろうと思っていましたが
中々難しいと感じました。
書いているうちに沢山思い出がよみがえってきて、
細かく書いていくうちに、脈略の無い文書になって、
そんな繰り返しでここまで来ました。
野球を続けていた時には、レギュラーになれなかった悔しさなどもよみがえってきましたが、
人に伝えるというテーマでは無いなと思いながら、思い出を選択していきました。
好きでやっている事だから、野球で嬉しかったこと沢山あるだろう、と振り返ると
今まで自分はなんてネガティブな事ばかり数えていたのだろうという気づきがありました。
レギュラーになれなかった時には、本当に悔しい思いでしたが、
3分間スピーチとして振り返って最初の頃に思い描いていた夢は全部叶っていた事に気づきました。
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