強みを生かすのとわがままでいる事の違い
こんにちは
コーチングでよく言われている自己承認について、
家族で面白い会話をしました。
コーチングをやっていると、よく相手を承認します。
これは、クライアントを文字通り「承り、認める」という事です。
その人がどのような感情を持ったか、その人がどんなことをしたかという事を認めるという意味があります。
ただ、あまり過剰に認めると、褒める・自己中心的になる・わがままになる
という事と直結して捕らえられてしまうようです。
この気持ちはとてもよくわかります。
自分のほうが経験値が高い場合(親子関係、先輩・後輩の関係)
どうしてもできている事よりもできていない事に目が向きがちになってしまうと思います。
私もコーチングをはじめる前までは、
「できている事」=「その人が既に習得している事」=「言うまでも無いこと」
「できていない事」=「アドバイスする価値があること」
と捕らえていました。
私の昔の部下は、常に私から見たらありがたいアドバイス、
聴いている本人からすると常に苦言をもらっていたことでしょう・・・
私が理解している限りの、「承認すること」「強みを褒めること」と「自己中心的になること」・「わがままになること」
の違いを説明してみたいと思います。
結論から言うと、承認する事により
* 自分の強さが最も効率的に発揮される場面が理解できる
* 相手から見た自分という第三者的な視点を得られる
* 自分の強さの理解に対する深みが増す
につながると思います。
これにより、必要な場面で自分の特徴を出すことができるようになるというメリットにつながると思います。
これは決して自己中心的になる・わがままになるとは異なると思います。
自己中心的・わがままは、第三者的視点が入らず、盲目的に自己利益を目指す時に起こると思います。
例えばストレングスファインダーで見つけた私の強みに「達成欲」と「活発性」があります。
何か課題があると、私の場合はすぐに解決するために動き出したくなります。
プロモータの私は、動いている事に対して承認されると調子にのってドンドン突き進んでいきます。
ところが、たとえ何か課題があったとしても
担当する人が既に決まっていたり、チームで動いている場合は
私の行動がありがた迷惑になることがあります。
私の行動の穴埋めをするためにかえって大変になるような場合もあると思います。
私自身も、「早く動いてよ」のストレスがたまります。
この場合は、敢えて私の強みを発揮しない方が双方にメリットが出ていた事例です。
いずれの場合でも、私の強みが発揮されている事例です。
前者は良い方向で発揮されていて、後者は悪い方向で発揮されています。
自己中心的になること、わがままになることは、悪い方向で強みを発揮してしまっている場合で我を押し通す時に起こるのだと思います。
そんな失敗の場面でも
「りょうさんも考えがあって行動したんだよね」というようなうまい承認+フィードバックを受けると
「自分の自尊心は守られた」+「結果としてよくない方向に進んだ」がセットで自分の経験値として受け入れる事ができるようになります。
もちろん、良い方向で私の強みが発揮された場合でも
「よくやってくれたね!」「助かりました」
的な声をかけられると、
「自分のスキルが正しいところで発揮された」
という迷いが少なくなるというメリットがあります。
人はいくら自信を持って行動していても、
周りからのフィードバックがあって初めて確信に変わるのだと思います。
承認によって、自分の強みに対して深く理解が進むと
自分の強みを発揮する場面の選択肢が広がり
自分の強みを精度高く発揮できる。
これが私の理解するところの承認すること」「強みを褒めること」と「自己中心的になること」・「わがままになること」の違いです。
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