りょうのストーリー | 何かをやりたいけど整理できていない方へ、行動を起こすヒントを伝えるブログ

りょうのストーリー

こんにちは。


今回の夢プロジェクトストーリーはお恥ずかしながら私自身のストーリーです。

もう10年以上前の話ですが、私の仕事の原点となっているストーリーです。


この10年ちょっと、いまいち自分自身に自信が持ち切れなかったのですが、

コーチングを受け、夢プロジェクトをスタートさせ、

改めてインタビューを受けて文書で残したことを読み返してみると、

結構それなりの事をやったのかな、少なくともそんなに卑屈になる必要は無いのかな、と感じます。


この文書が、昔の私のように少し自信を失っている人に届いて、

自分自身を好きになるきっかけになればいいなと思います。



入社してすぐ担当した職務は、
紙に書かれている回路図を正確にPC に入力するという作業、
もしくは製品の使い方の電話サポートという仕事だった。

「課長、ここの回路の書き方、もっとシンプルにできると思うのですが
なんでわざわざこんな回路になっているんですか?」

「そんな事考えないでただ書き込めばいいんだよ」

来る日も来る日も同じような作業を繰り返し、それがどのように役に立っているかも判らない。
電話での製品サポートは、解決できて当たり前、明日までに解決しなければ
ならないのにわかりにくいツールがきちんと動かない
という追い詰められた状況でお客様が電話をかけてくるので、
常に批判にさらされているという状況が続いていた。

周りにわからない事を素直に聞けばかわいいものの、
出てくる言葉も文句となって現れるようになっていった。

やり場の無い怒りと疲労感ばかりが溜まっていった。
「こんなことやってられないよ」
あまりにも騒ぎすぎたので、事業部長から「実績も無いやつが騒ぐな」と一喝された。

そんな当時、取引先から副社長が来日して社内の様子を見ていった。
アプリケーションエンジニアが社内にいてお客様のところに訪問していない。
技術的な強みをアピールできるはずの人間をなんで社内においておくんだ。
だめ代理店のレッテルを張られた。

負のループが渦巻いている中、転機が訪れた。
今までの仕事は内勤で控えている部署だったが、
営業として外に出てくれということだった。

「まったく入り込めていない客を開拓しなくてはならない。
取引先からこの客を立ち上げろというミッションをもらっている。
今は全く売れていないという状況だ。
この客には3つ重要な部署がある。
1番目の部署と3番目の部署は俺が見るから、君は2番目に大事な部署をやってくれ」

社内で回路図入力をしたり、電話でクレームをうけている
よりかはましだと、取り組んでみることにした。

成果はすぐに現れた。
お客様の生の声を聞けるというのは、モチベーションとして大きく変わった。

目の前でお客様が困っているのを見ると、この人を助けたいという気持ちが大きく働いた。
社内にいて人づてに聞いた仕事の依頼で、この気持ちにはなれるものではなかった。

昔から抱いていた、なんで効率的な方法をとらないのかという回路の疑問も、
お客様にとってはあっさり「どっちでも良いですよ。動けば」といわれる事が多かった。

単なる回路図入力という仕事は、
作業的には変わらなくても意味合いとしては大きく変わっていった。
そして
「どっちでも良いですよ。動けば」は、
「こうしたらもっと効率的です」
という提案に変わっていった。

「あーなるほど。
こうしたらもっと安いデバイスを使えるようになるのですね。
ありがとうございます。」

たかだか2年目の自分が難しいと思っていたエンジニアの仕事で
通用したという驚きと自信、更に感謝につながったという喜びに変わった。

営業の大変さもわかるようになった。
他社の製品で満足しているお客様に製品紹介したところ、
散々開発ツールが使いにくいと文句を言われた。

まるで眼の敵のように
「どうしてこんなに使いにくいツールを触らなければならないんだ」
と怒鳴られたこともあった。

我々の製品を販売するためにはお客様の開発環境を整える必要があった。
開発ツールを購入していただき、
そこで回路を開発してもらってその土台となる製品を販売するという販売形態だった。
この開発ツールで、競合他社は大幅に我々の製品をリードしていた。

取引先からは
「我々の製品の性能は他社よりもよいのに、なんで売れないんだ」
と攻め立ててきていたが
実お客様は
「結局我々の実現したいものは他社製品で実現できているのに、
なんでわざわざ使いにくいツールを使って置き換えないといけないんだ」
という視点で見ていた。

また折角開発ツールを購入していただいても、
ソフトウエアのインストールの設定が煩雑でよくトラブルが発生していた。

数十ページもあるインストール手順書で、
一行でも誤って設定するとツールが動かないというものだった。
何十回も同じ手順を踏んでもミスをしてしまうこともあるのに、
まったく初めてその手順書を見るお客様に完璧な手順を踏みなさいというのも無理な話だった。

お客様にインストール作業をしてもらって、
毎回問い合わせの電話もらって文句を言われるのであれば、
初めから我々でインストールした方が早い。

そうして購入してもらったソフトをインストールするサービスが始まった。
インストールを行うと、ついでに使い方のセミナーをその場で行った。
単純に準備された回路を入力するのであれば、
お客様の回路をそのまま入力した方が効率がよい。

そこで、お客様がどんな回路を作成しようとしているのか、
大体のイメージを確認するようになった。

その場で半日ほどかけて、
使い方セミナーとお客様の抱いていた回路のイメージを作成していく。

お客様にとってはインストール作業だけで数十ページのマニュアルを追っていかなければならず、
さらにそのツールの使い方を学ぶためにまた時間を費やさなければならない所を、
半日で回路のイメージまで作り上げるので作業的には非常に喜ばれた。

私にとってみても、電話口で追い詰められているお客様相手に文句を言われながら
同じ回答を繰り返すよりもずっとクリエイティブな仕事をしているという充実感があった。

より効率的な回路の入力する方法、より最適化された回路の表現方法、
これらを伝えながら半日のセミナーをしていく中で
思い描いていた仕事に近づいているという満足感があった。

「コンパイルが通らないんです。何がいけないのか教えていただけませんか?」
夕方、出張先の宮城で受けたE-mailには回路図付きのお客様からのサポート依頼メールが入っていた。
早速お客様実験室に電話をかける。この時点では事の重大さにまだ気が付いていなかった。
「とりあえず、今からそちらに伺います。」
電話で反射的にそう答えていた。解決出来る見込みはほとんど立っていない。

ただ、経験上このような場合は、家や事務所で電話を通じてシコシコ作業を行うよりも、
実際お客様の目の前でやり取りしながら問題の解決を目指す方が、ずっと効率が良い。

その時点で宮城で夕方5:00。どんなに早くてもお客様先には午後9:00になってしまう。
「夕方10:00頃そちらに伺いますので。」
幸い金曜日という事もあり、次の日の心配はなかった。

電話を切った後に新たな不安がよぎる。本当に解決できるのか?もしできなかったらどうなってしまうのだろう?
「まぁ何とかなるだろう」その時点で3年目になっていた私はむしろそのプレッシャーを楽しむ余裕が出きていた。

午後10:00、遅い食事をすませた後、お客様の実験室に向う。
「今日は徹夜かい?」
「いや、12:00頃に終わると思いますよ」
守衛のおじちゃんにそう聞かれた時点ではそんなに大変な作業になるとは思っていなかった。
実験室について事情を聞き驚いた。聞けば月曜日にその製品を出荷せねばならず、
土曜日迄に回路の検証を済ませねばならない。

不安は増していくばかりだった。むしろお客さんのほうが余裕そうに見えた。
東京の実験室に向う東北新幹線の中で見た回路から、修正点はいくつか思いついていた。
動作を変えずにクロック同期化していけばコンパイルが成功するはずだ。

複数のクロックを追っていく。回路が最適化されていないところを中心に修正していく。
しかし、どんなに最適化していっても「リソースが足りない。」
というエラーが出て、良い結果は得られなかった。

「こいつはえらいことになってきたぞ」不安はだんだん大きくなっていった。
お客さんとともに共同作業が続いていく。
いたずらに時間だけが過ぎていった。
午前2時、しかし出荷前の実験室は眠らない。
午前3:00、眠くなるどころか、感覚は一段と研ぎ澄まされていく。
「まだどこかに削れる部分があるはずだ。」
「必ず、どこかにあるはずだ。」
百科事典のような仕様書をお客さんが読み返す。
同じ動作を維持しながら、不要な回路を削って試してみる。
どうにかコンパイルが通るまで回路を削減できた。

早速実機で評価。測定器を覗くお客さん。
「動いているようですね。これでなんとかなりそうです。」
午前4:30。
外に出ると、薄暗い空が夜明けが近いこと知らせていた。

お客様の実験室での作業がごく普通になってくると、仕事もどんどん舞い込むように
なっていった。何か問題が発生しても常に隣にそれを直すエンジニアがいるので、
お客さんにとっても大きな安心材料になった。

ちょっとした会話から回路を作成する。
ある程度出来上がっているお客様仕様の回路を元に紹介をするので、
お客様にとってはリスクが低くなった。

使いずらいと言われていたソフトウエアも、
出来上がっているものを編集するだけという条件であれば
お客さんの敷居も低くなっていった。

インストール作業も代行していたので、
お客様にとっては商談で話をしただけで
自分のやりたいことのお膳立てができているという状態を整えられていた。

2万円で販売するソフトウエアを
3万円の交通費をかけてインストールしにいく事も多々あった。

ソフトウエアで儲けるのではない。ソフトはあくまでデバイスを使ってもらえるための手段だ。

ソフトウエアに関してはキャンペーンもうった。
当時20台程の販売だったソフトウエアを
一気に60台購入し、完売までこぎつけて言った。

今までの販売方法からがらりと変わり、チームも増えていった。
お客さんの中での実績は22% まで上昇した。
お客さんの回路をもらい、回路を入力してコンパイルを通して渡す
という手法は取引先からも成功事例として年に一度の代理店会議で紹介されるまでになった。

ずっと社内にこもっているとダメ代理店の烙印を押されてから3年、
今度はこいつらのやり方を見習えといわれるまでになった。