審査員、してきました。
今日は朝からIMPホールへ。
第45回フジサンケイグループ広告大賞のパブリック部門大阪審査会の審査員として行ってきました。

去年応募してたのが当たって?
委嘱状が届いてました\(^o^)/

まぁ、寒かった今日。
会場のIMPホールも少し冷えてて上着脱げなかったなぁ。
後々振り返ると、暑い部屋で頭がボーッとするよりは冷えてる方が、良かったのかな?
そんな冷えた会場から、すべての審査が終わるまで外出はできない旨のアナウンス。
審査はまずラジオCMからスタート。
のべ45企業のCM が約50分にわたって流れます。
ラジオ部門は文化放送・ニッポン放送・ラジオ大阪で放送されたものらしいのてすが、ほぼ耳馴染みのないものばっかり(笑)
そんな立て続けに流れるCMを聞きつつ1~5点で採点。後で見返すと最低の1をつけたのが一個。あれはヒドかった(笑)
次に新聞広告・雑誌広告部門。
これは会場に掲示されている実際の広告を見て同じ様に1(最低)~5(最高)で採点します。
見覚えのある新聞広告もちらほら。
新聞広告78企業、雑誌広告96企業…。多いわ(笑)
もちろん、座席を離れての審査になるのですが、その間に昼食とお茶がセッティングされています…。
紙媒体の審査が終わって席に戻り、昼食。

まあ。豪華な(≧▽≦)
先にも書きましたが、審査という性質上外部との接触ができないので昼食も用意されたんだなぁ。と…。
そう言えばスマホの電源オフ。何度も何度もアナウンスしてたなぁ。
そして最後にテレビCM部門。
のべ61企業のCMが約70分にわたってスクリーンに流されます。
普段テレビで見るコマーシャルを大きなスクリーンで見ると、また新鮮な感じ。
去年一年間に流されたものが審査対象なので記憶に残ってるものも多く、あっという間でした。
ノミネートされるだけあって長編のものが多く、思わず涙ぐんでしまったものも数点…。
そんな中、難しかったのは、シリーズ物のコマーシャルも一企業として審査しないといけないこと。例えばシリーズの中で、このコマーシャルは好きだけど、これはちょっと?というものでも個別には採点できないって言う意味で結局真ん中の3点にしたり…。
ここまで真剣に審査して、他の審査員さんもお疲れ気味(笑)
ここで、謝礼が!

あざーっす(^_-)-☆
ちなみに、この広告大賞の結果はフジテレビ系列の特番でも放送されるそうです。
自分の採点と賞の行方がどうか、確認がてら見てみたくなりました。
最後に広告という繋がりで…。
自分の中でのオールタイムベストは
セイコーの「一秒の言葉」1985年版です。
https://youtu.be/yFejf6D97m8
一秒の言葉 SEIKO 1985年
美味しい楽しい♪ そして…(≧∇≦)
欲しい物ったら…
ブログネタ:今年のクリスマスプレゼントに欲しいもの【投稿すると本当に貰えるかも♪】 参加中アメブロでクリスマスプレゼントに欲しい物を書くと当たったりするらしい。
先週のこと♪♪

ピアノ:齋藤 浩志さん
馬上凛「夢の記憶」
初めての…


やっぱり水辺へ…。と誘われるようにジョーズに😁 うおっ!冷たっ!熱つっ!と言うてる間におしまい(笑)
あの騒動
佐村河内さん個人の表彰だったり、功績を讃えるのは当然辞めるべきとは思うけど、彼の言い分によると、構想を新垣さんに伝えてそんな感じで作曲してもらったと…。
ならば「巨人の星」の梶原一騎作画、川崎のぼる作画。的なもんではないのかと…。
それに楽曲の楽譜やCDの出荷停止とかいう話もあるけど、あの曲を聞きたいっていう要望には応えないのだろうか?
それとも、「聾のハンデにも負けず頑張って作曲した人の曲を聴きたかったのに、別人の曲ならいいや」という考えの人が多いんだろうか?
そういえば、若い子には分からんかも知れないけど「一杯のかけそば」騒動もそんな感じだったなぁ。
実話と称して涙なくしては聞けない物語を、訥々と語る中年オヤジ。
が、その物語は創作物でした。とバレた後のバッシングの凄さ…
やれ「涙を返せ」だの「詐欺師」だの。
でも、ええ物語を聞いて泣いたんですよね、あなた。
ええ、私も泣きましたよ(*^^*)
そら、最初に「実話です」言うてもうたからね、あの人。
それと今回の騒動。すっごく似てると思う。
めっちゃええ曲やねん。
聾の人が作ってませんでした。って言われても、ええ曲やねん。
だから、曲には罪はない。
って、こんなアホな自分が言わんでも多くの賢い人は分かってる話やと思うんですけどね…。
この先、藤子不二雄みたいに二人の名前を足して、新佐村河内で出直す?
iPhoneからの投稿
高校生のぉ (・o・)
年末に大掃除をした時に、懐かしいものを発見!
きっと10数年ぶりに見たと思うそのモノには…。
高校2年生の頃の自分が (・・*)ゞ
当時、全国で放送されていた『青春キャンパス』という深夜ラジオ番組のネット局だった
朝日放送で「第11期高校生スタッフ」を務めさせていただいた時の同期メンバーと
当時大阪市北区大淀にあった朝日放送のラジオ第2スタジオで撮った写真です(∩。∩;)ゞ
『青春キャンパス』という番組自体は文化放送制作で月曜から金曜の帯番組だったのですが、朝日放送は毎週金曜日にローカル放送に差し替えて放送していたので、その1コーナーの企画や収録などの会議を毎週水曜日に学校が終わってから朝日放送に出掛けて行って、番組ディレクターさんとキャンパスリーダーとしてまとめてくださったお姉さん的存在の川田恵子さん、そしてスタッフのメンバーと一緒にワイワイと楽しく、時には頭を抱えながらやっていました。
しかも毎月最終週の金曜日には私達もスタジオ内で収録に参加させてもらっていたので、ゲストの森田健作さんの入り時間が大幅に遅れて、ほぼ深夜まで収録したあと、タクシーで帰宅させてもらったり、今なにかと話題の板東英二さんがメインMCで収録の合間に「おっちゃんが高校生の頃は(甲子園の)スターやったんやでぇ(笑)」という笑顔が今でも鮮明な記憶に残っています。
記憶といえばもうひとつ。
当時来日していたThe Rolling Stonesのミック・ジャガーが朝日放送向かいのホテルプラザに宿泊していたある日、朝日放送社屋の1階にあったうどん屋さん「恵方」のうどんや丼もの(このへんの記憶は曖昧ですが…)を食べたそうで、次の日にはそのミック・ジャガーが食べたものを「ミック・ジャガー定食」として店頭にディスプレイされてたのが商売上手っぽくて…(笑)
朝日放送は数年前に福島区に移転して、私達が学生服姿で放課後の部活感覚で出掛けてたあの朝日放送の建物もホテルプラザも大阪タワーも、面影はなくマンションや病院施設が建設されるいう話を聞いたり、先ほどお名前を出した川田恵子さんが去年の秋に若くしてお亡くなりになったり…。
遠い記憶になりつつあった、あの頃の細い手がかりの写真。
大事に取っておこうと思います…。(・_・ヽ)
今から27年前の自分が…。
ダラーっとね(^O^)
年末年始を過ごすために…。

久しぶりに阪急電車に乗って宝塚に帰省してきました。

夕焼けの甲山も綺麗だったけど、実家から見える阪神競馬場はレースやってない静かな佇まいを見せてくれてました。
ああ、帰ってきたんだなぁ(^O^)
しばらくボケーっと過ごします(-_^)
いつものことやん!
って言いなやっ(≧∇≦)
やっぱり、繋がり。
思えばツイッターを始めた頃に、その歌声に惹かれてこちらから一方的にフォローさせてもらったのがきっかけだったかな。
で、今に至るまで一度もお会いした事はないのだけど、その間に東日本大震災があったりして、自分の耳目を福島に向けさせてくれた事は、後に出会う事になる元NHKの堀潤さんとの繋がりもあり、いろんな事柄に対して「被災地以外」にいる自分に「視点を変えること」という考え方を教えてくれた方…。
なんて言うと、きっと照れながら猫にチューしてしまうような方なんですが(笑)
人のつながり。
今日届いた可愛いプレゼントを眺めつつ、いろんな思いを巡らせた連休最終日でした…。
iPhoneからの投稿

























