鈴木良平 diary

鈴木良平 diary

文の構成や内容などあまり特定の形に拘らず、思ったり考えたりしたことを書いていこうと思っています。
好奇心旺盛です。自分が知らないことを知ったり、わからないことを理解することが大好きです。

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川越駅から歩いて十数分で「小江戸」と呼ばれる文化的な街並みが見えてきます。


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風情のある街並み。


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鳥獣戯画のカエルとウサギ。発砲スチロールの立体アートらしいです。凄い…


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ここが映画『ウォーターボーイズ』の舞台となった高校(川越高校)らしいです。今でも毎年文化祭ではシンクロを見に大勢のお客さんが訪れるそうです。


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そして時の鐘。(;゜0゜)うわ~
もう少し、頼るときは頼り、弱音を吐くときは弱音を吐くということをした方がよいのかなと思った。自分は悩みや不安を打ち明けさらけ出すのが本当に下手くそだなと思う。

たまに自分に何か相談してくれる人がいる。こんなやつに深刻な話を相談するとはさぞ猫の手も借りたい思いなのだろう。しかしそういう時は役に立てている自信などないがもちろん誠意は尽くす。
話を聞くにあたって、相手は何か適切なアドバイスや解決策を求めているのか。あるいは相手はその打ち明けた話に対して何か解決策を求めているのではなく、ただただ自分の話を聞いてもらうことを望んでいる(理解してほしい、共感してほしい)のか。それとも何か迷っている選択があり、その選びたいけれども踏み出せない選択に対して大きく後押しをしてほしいいのか。などなど、もちろん最適な判断などわからないしこんな明確に分けられる問題でもないだろうが、そのくらいは考える。

そのように相手が心を開いて少しは自分を信頼して相談をしたり何かのグチを言ってきてくれているというのに、今度は話す側としての自分はどうだろう。話そうとするにあたって何が欠けているのだろう。

親しい中にも必要最低限の礼儀はもちろんあるが、基本的には相手と自分の距離が近づけば近づくほど当然信頼関係が増すため無遠慮にはなってくるものだろう。(こないだ自分が尊敬している方との会話の中で、その方の旦那さんは、「家では床に寝っ転がって生のトマトをかじりながらテレビ観たりしてゴロゴロしている」と言っていた。その話を聞いて、飼い主の前で野性本能を忘れ、無防備にお腹をみせて仰向けに寝ている飼いネコが失礼ながら頭に浮かんだ。腹をみせるというのは、命に関わる急所をさらけ出している状態であり野生においては致命傷となる。そんな生死に関わる体勢で飼い主の前で寝ているというのは余程気を許しているということだ。その頭に浮かんだネコのを例に例えて「・・・ですので、最高の関係性ですね。信頼しているってことですよ。」とつい変な例を言ってしまった。)
それなのに、本当に親しい者に自分の弱みや悩みなどをさらけ出さない、さらけ出せないというのは、時には相手を信頼していないことにもつながりある種失礼な場合もあるのではないかと思う。