兄の事に関して語ることは

ただ辛いだけで。

言葉を選ぶのもしんどくて。

現実見直すのも、そむけたくなることばかりで、

《記録マニア》の私でさえ結局、

その時々のことを向き合って綴る事ができません。


今年、年明けから毎日毎日、

どんだけーーーーってほど涙の日々。

今はやっと涙おさまって。

兄と母の前では、私ぐらい笑っておかないと、

笑って兄の抱える深い苦しみを

「そんなんダイジョブー!」って

笑い飛ばさないといけない、それが私の役目だなあと、

兄はホントは私にもっと真剣に聞いて欲しいのかもしれない、

もっと深いところにもぐりこんで欲しいのかもしれない、

真剣に掘り下げで欲しいのかもしれない、

そやのにそこから笑ってごまかして、逃げてる私です。


金曜の夜、

いつものように兄の様子をトーチャンに聞いてもらってたとき、

ふと気付いた事があった。

話を聞いてるトーチャンの表情が、すごーく、優しい。


その時、よもやあんなに仲悪かった兄の

そんな一面見れるようになるなんてねーって話を二人でしてた。

その時、

障害を抱えるようになり、

人から冷たい目で見られるようになった兄に対して、

トーチャンの、心から受け入れてくれてる優しい表情が見て取れたんだ。


にいちゃんのそんな(実は優しかったという)一面なんて

知らない方がよかったよ、今、あんな辛い思いさせてまで、って

話ながら涙出てきた。

トーチャンは、「それでも、今、生きてくれててよかってんやで」って

言ってくれる。

そう言いながら、

トーチャン本人いつも兄の事を「普通やって思ってるで」って

ほんとに普通に受け入れてくれてるんだけど、

その時、普通以上に優しさが顔に溢れてることは、

トーチャン自身は気付いてない。

それがまた、嬉しいやら悲しいやらの私なのだ。


ただね、

ほんとにね、

そんな人と一緒になれたことが、

私にとってのなによりの幸せだなあって思う。

いつもこれは神様に感謝してること。

でも同時に、

幸せって気付かせてくれるのは、

兄貴の不幸の上に乗っかってしまってて、

兄にごめんね、って思う。


にーちゃんの現実と、

トーチャンの優しさと、

いろんなものが入り混じって、

たまにやっぱりドカーーンと泣きたくなる私なのだ。