今ではスター選手の中澤選手ですが、

挫折・挫折の連続だったようです。


中学生時代は何度もサッカーを辞めそうになりましたが、

父親から男が一度決めたことを、

簡単に変えるんじゃないという言葉に何とか思い留まったそうです。

そして中学卒業の進路を決めるとき、奇しくも日韓ワールドカップ開催が決定、

ワールドカップにどうしても出場したいという気持ちが人生の大きな転機になり、

その舞台にどうすれば出場できるか考えたすえ、

プロになるしかないという結論に達し、

自宅から自転車で通えるところで、

一番サッカーが強くて環境が整っている高校を選び入学。

3年にはキャプテンになり、

プロになるためには県大会で絶対に上位に進まなければいけないと、

チームを独断専行で引張っていくもまとまらず、、

高校最後の大会で一回戦敗退。

ワンマン体制でやっていたので、

打上にも声が掛からないくらいチームとの溝が出来てしまっていたようです。

敗退後、一ヶ月はショックで何もやる気が起らずバイトに明け暮れ、

卒業後の進路を決める時期となり、

大学への進学は、お兄さんから大学はコンパなどで忙しいと聞かされていて

それではサッカーに集中できないと判断し、

ブラジルに留学することを決断。

チームはFCアメリカ。

日本人は中澤選手の他に3人ほどいたそうですが、

お金を払って留学している日本人に対してブラジル人から、

”サッカーはお金を稼ぐためにやるもんだろう?なんでお前たち日本人は、

 お金を払ってサッカーをやってんだ”と言われ、

練習では無視され、当然パスも回ってくることもなく、

そんな状況に耐えられず中澤選手以外は全て半年もしないうちに日本に帰ってしまいました。

そして半年が経過した頃から、ようやく日本円にして5千円の給与が支給されるようになり、

(他の選手の10分の1ですが)

試合にも出場できるようになり、レギュラーの座を獲得。

しかし1年が経過した頃にビザの更新で日本に帰国しなければいけなくなり、

帰国したのですが、なかなかビザが下りず、

その間に変わりの選手が中澤選手のポジションに入り、

何の問題もなかったため、

もう戻ってこなくていいとフロントに言われ解雇。


ちなみに当時のチームメイトのジウベルト・シウバは、

現在プレミアのアーセナルに所属していますが、

ドイツワールドカップでブラジルとの試合終了後にユニフォームの交換をし、

本当に嬉しかったそうです。(色々な意味で凄い!)


そしてプロになるために、

どうすればいいのか考え色々調べた挙句、まずは行動ということで、

各チームに履歴書を送ってテストを受けさせて欲しいとアプローチをしたそうなのですが、

どこのチームからも反応がなく、

その間、母校の三郷工高で、誰よりも早く朝練に参加し、

3時くらいの授業が終わる前にグランドに現れ、

19時の通常練習が終了すると皆を誘い、

体育館でフットサルを21時まで行う生活に明け暮れていたそうです。

そのときの年齢が22歳だったのですが、

バイトをするとサッカーが中途半端になるので絶対にやらなかったようです。

この頃がサッカーの練習を一番したと語ってました。

そして両親には大学を卒業する歳までは好きなことをやっていいと支援してもらっていたそうです。

毎日高校の母校に仕事もせずに練習に来る先輩は、

常識外れ以外の何者でもなく、

ともすれば先の見えない状況に普通なら諦めてしまってもおかしくなかったと思います。

やはり、実際に精神的に本当につらかったそうです。


ちなみに、この頃から目立たなければ覚えてもらわなければいけないということで、

髪型をボンバーヘッドに。

私は趣味でやっていたと思っていましたが、

理由を聞いて納得しました。

そしてそんなときに三郷工高と東京ヴェルディユースの試合を行うことになり、

三郷工高の選手として試合に出場。

ここで活躍するしかないという勝負の試合で、

中澤選手のヘディングシュートのゴールで1対0で勝利し、

そのとき試合に来ていたヴェルディユースのヘッドコーチに、

トップチームに自分を紹介して欲しいと頼み、

3日間でいいから自分の練習を見てくれとトップチームの方に懇願し、

ヴェルディの練習生として入団する切符をようやく勝ち取ることが出来たそうです。


この続きは、

今週土曜日のNHK教育テレビのマイロードで放映されます。


ここまでつらつら書いてきましたが、

中澤選手のあの強いメンタリティは、

こういった紆余曲折の人生から来ていて、

常識で考えれば日本代表の中心選手になることなんて有り得ないキャリアですが、

それを実現した強烈な夢への執着と意志は、

尊敬に値します。


自分も自分の決めた夢に対して妥協せず、

前に進んでいこうと思います。