恋愛依存だった頃の私は、いつも愛情を確認していました。
今思えば、私は愛されたいわけじゃなかったのかもしれません。
愛されていることを証明してほしかった。
そんな気がします。
子どもの頃の私は、決して家庭に安心感があったわけではありませんでした。
家では父と母の夫婦喧嘩が絶えず、怒鳴り声を聞くことも多かった。
父も母も私を愛してくれていたのだと思います。
でも当時の私は、それを素直に感じることができませんでした。
もっと甘えたかった。
もっと認めてほしかった。
もっと愛情を感じたかった。
そんな気持ちが心の奥にずっと残っていたのかもしれません。
大人になってからも、私は人からどう思われるかをとても気にしていました。
友達から嫌われたくない。
周りから変な人だと思われたくない。
いつも誰かの評価を気にして生きていました。
でも恋愛になると少し違いました。
私はとてもわがままでした。
相手に甘える。
求める。
確認する。
試す。
そして相手が疲れて離れそうになると、不安でたまらなくなる。
今なら分かります。
私は相手を信じられなかったんじゃない。
自分が愛される存在だと信じられなかったんです。
だから何度も何度も愛情を確認していました。
「本当に好き?」
「私のこと大事?」
「私が一番?」
口には出していなくても、心の中ではずっとそう問いかけていました。
私は愛されているのか。
その答えを、自分ではなく相手に求め続けていたんです。
どれだけ優しくされても不安。
どれだけ大切にされても不安。
愛情をもらっても、心の穴は埋まりませんでした。
なぜなら、本当に足りなかったのは相手からの愛情ではなく、自分自身への信頼だったから。
でも当時の私は、まだそのことに気付いていませんでした。
(続く)