もし宇宙人が本当にいるとしたら、どうなるの?
これがメインテーマになるとは思うけど、
宇宙人が出る映画はいっぱいあるけれど、他の映画と違うところは
もし現在の世の中に現れたらどうなるのかを表現しているところかもしれません。
だから、なるべく現状に基づいた表現がされているような気がしました。
例えば、情報統制が行われていたり、UFOを見ていない人には信じてもらえなかったりとか
まあ、実際にいたらそうなるとは思います。
でも、いい嘘もあって、基本UFOを見た人はすごい異星人に対して興味があるし、友好的なのは
本当だったら、怖かったり、逃げたりする人もいるんじゃないのって思うからここは現実とは
違うかもしれないけれど、なんだかやさしい気持ちがあっていいなぁって思います。
これは、異星人との交流も表現したかったからこうするしかないし、
人間側が異星人に対して好意的な気持ちじゃなくて、敵対心満マンだったら
即バトル展開になっちゃて別の映画になってしまうから駄目ですね。
だから、やっぱり宇宙人が出る映画でこの映画が違う点はコミュニケーションを取ろうとしてること、
友好的な関係を異星人と築こうとしていることがいいんだと思うし、名作になった最大のポイントだと思います
さらに、それを可能にする方法として音を利用する発想もすごいと思うし、説得力もあります。
それは実際に外国の言葉はわからないことがあるけれど、音楽だと言葉の意味はわからなくてもなんとなく
伝わってくることはあるから、自分だけじゃなくみんな同意できるところじゃないでしょうか。
主人公の男性ロイの理解されない苦悩の表現が良いと思います。
話をしても、自分の思っていることが相手に伝わらないことってよくあることだし、
ましてや、UFOを見たなんてことを人に話したって全然伝わらないことはしかたないことなのかもしれません。
この部分の表現もうまくて、ロイの経験したことは映画を観賞している人にはわかるけれど、奥さんや子供は知らなくてとってももどかしい気持ちにさせられます。思わず「理解してあげて」って言っちゃいそうになるくらい同情してしまいました。
さらに、ロイは宇宙人からある明確なイメージを受け取り、本人は異星人がいることを確信しているのですが、
まわりの人はやっぱりUFOも見てないし、そんなイメージもまったく分からないわけで、この食い違いから
ロイはどんどん孤独になっていくし、このイメージを自分でもなんなのか理解できない苦悩も背負わされるのです。
この部分も表現されているのでとても共感できるようになっていていいです。イメージを再現するために、ゴミ箱を漁ったり、人の家の物を盗っていくのはちょっと極端な気もしますけど、思いの強さが伝わるのでこれはこれでありかもしれません。
これだけだったら、ただの可哀想な人なんですけど、TVを見ていると異星人から受け取ったイメージと全く同じ映像が流れていて、ロイはさらに確信を得て、その土地を目指す事になります。でも、まだここではそれがどういう意味なのかは理解できてないのだけれど、頭のもやもやが少し晴れて、見ている側もよかったねーって思いました。
苦難の末、その土地につきロイはついにUFOを見ることが出来ます。この時、私も「ああ、やっと会えた」ってなんだかすごく嬉しくなりました。
この感動があるのも、ロイの様々な苦労を細かく映像で見せてくれるからこそではあるし、やっぱりスピルバーグはすごい監督だなぁと改めて気付かされました。
異星人と交流するため音を学者の人が流して、UFOがそれに応えてくれることも気持ちが温かくなります。
このシーンから好意あるコミュニケーションは、どんな相手にも伝わることを教えてくれる気がします。
しかし、戦争や争いは無くならないしそんな理想論が現実に通じるわけないだろっていう意見もあるだろうけれど、でもこのような可能性だってあるのかもしれないし、本当はこっちの可能性を信じたい。
だから、ロイが異星人から受け取ったメッセージを理解しようと努力したように、私達も負けないように
相手からのメッセージを理解し、良いコミュニケーションを取る事に頑張らないといけないのかもしれません。
熱意あるコミュニケーションは相手に伝わるのです。そう信じて毎日を生きていきたいです。
不朽の名作と言われる作品はいろいろあるし、この映画も間違いなくそうであり、
その理由として、どんな人が見ても伝わる普遍的な作者のメッセージがあるからなのかなと
観賞して思いました。