いつも内科受診の日は朝一番で行くのだけど今日は10時過ぎて行ったらすごく患者さんが多くて1時間半くらいかかった。


前回お薬増えたのにヘモグロビンA1cが0.2上がっていてショック!


この頃食欲がなくてパンばかり食べていたせいだと思う。パンは血糖値を急にあげるから良くないと知っていたけど、、、。


また野菜とタンパク質取れるような献立頑張ります。

帰りは12時すぎたのでスーパーのお弁当にしました。







昨日の朝にインコの瑠璃が亡くなっていたことを確認したが、息子には伝えなかった。


行き渋りがあり、朝から頓服を飲んでいたくらいなのでまずは学校に行かせることを優先したためだ。励ましたりなだめたりして駅まで車で送りやっと行けた。


夫と相談して、私が埋葬してお線香と花を上げることにした。最期の姿を見せることはショックを与えるかもしれないということで私一人で弔った。


夕方学校から帰って瑠璃が亡くなっていたことを話すと意外とすんなり受け止めてくれたが話しているうちに私の方が涙ポロポロ。


ペットを飼うということは死に目に会うということで、とても辛い思いをすることになる。


セキセイインコ飼ってる人のブログやYouTubeを見ると、多くの人がペットを亡くすという経験をされている。そして多くの人が次の雛を購入されている。私はまだ次の子を飼う勇気が出ない。


しばらくは呆然と日々を送りそうな気がしている。


とりあえず草むしりと半袖出さねば。




フワフワになって眠ってる瑠璃。元気な時の写真。

今朝、瑠璃は鳥籠の床に落ちで冷たくなっていました。


「オカアサンオハヨウ、オカアサンオカエリ」「オカアサン、オカアサン」とよく喋る賢い子でした。


生き返って、、、


お願い、、、


手のひらに収まるちっちゃいからだを抱きしめても、さすっても、命は零れて落ちた後でした。


泣いても、泣いても、もう戻ってきません。


あの子を愛していました。




黒に見える羽先は藍色で綺麗な子でした。




家の中でほぼ放し飼いだったのでいつも近くに瑠璃がいました。私が寝ていると枕元にきて覗き込んでました。



セキセイインコの瑠璃ですが今日は1日体を膨らませてじっとしていました。つい昨夜まで「ピロロロ~」とさえずって元気いっぱいだったのに。


明日具合悪そうだったら病院に連れていこうと思います。


どうか良くなりますように。




クロタネソウが咲きました。淡いピンクです。

※自死に関する記事なので苦手な方は読まないでください。うつ病の方は読まない方がいいと思います。













私の母はうつ病から自死を選んでいる。

亡くなる2年前からうつ病が酷くなり、家で寝たきりになった。私には電話で、このまま衰えて枯れたように寝たきりになるのが怖いと言っていた。


1年は父も容認していたが、2年目になるといい加減働いて欲しい、ずっと寝ているなら離婚だと言ったらしい。自営業のためパートナーがいないと実務的に困るというのはわからないでもないがパートさんもいるので全く回らないと言う訳でもなかった筈だ。


母は、離婚してひとりぼっちでは物心両面で生きていけないと思って自死を選んだ。


うつ病になってしばらく経った時、母は父に「抱きしめて欲しい」と言い、父はギュッと抱きしめていたということがあった。


母は、あんなにも助けて欲しいと願っていたのに父は、繋いだ手をどうして振りほどいてしまったのだろう。心の病気なのに働けとか離婚するとか言って追い詰めて。


父はその後お酒に溺れて数年後、後を追うようになくなった。自分が母を殺したのだと悔やんでいた。いくら悔やんでも失われた命は戻らない。父はあの世で母に詫びたのだろうか?


※※※



私も鬱が酷い時、息子を呼んで「○○、お母さん調子悪いから抱きしめてくれない?」と言ったことがある。

息子はギュッとハグしていてくれた。


また、GWの終わりの日、息子と一緒にお昼寝をしていたら息子が私の指をぎゅっと握ってきたので握りかえしてあげた。しばらくそのままで眠った。


長めの休みが終わり翌日から学校が始まるのがよほど不安だったに違いない。

次の日は夫が学校まで車で送ってあげたが今日は電車で学校に行けている。


どうか、息子が母のような道を選ばずに生きていけますように。そう願わずにはいられない。うつ病も糖尿病のように遺伝するのだろうか。


うつ病になると、どうして人の温もりを求めるのだろう。暗闇のどん底から救って欲しいと誰かに縋りたくなってしまうから?


いくら抱きしめても、命は砂のようにさらさらと手のひらからこぼれて落ちていく。母がなくなった時そう思った。

立派なお葬式をしても亡くなった人には愛情も後悔も何も届かない。世界が隔てられてしまったのだから。


まだ命のある私たちは手を取りあって励ましあって生きていくしかない。


私は息子の手を振りほどいてどん底に蹴り落としたりしない。


絶対に。