皆さんは日本初のプロサッカー選手をご存知でしょうか??
それは三浦和良ではなく、もちろん中田英でもありません。
現横浜FC代表の奥寺康彦氏であります。
奥寺氏は秋田県に生まれ、小④の時に横浜に引越します。
意外なことに奥寺氏がサッカーを始めたのは中学生になってからなのです。
中学に入学した彼は、小学校からやっていた卓球部の門を叩きます。
しかし、卓球台が①つしかなくずっと素振りばっかりの練習に嫌気がさし、友達の誘いからボール①個でできるサッカーに惹かれていきます。
グラウンドはデコボコで、ハンドボールのゴールしかないような状況でしたが、50mを6秒5を切るスピードでFWとして活躍し、チームを県上位へと導きます。
そして、高校は強豪の相模工大付高校へと進みます。
そこでも持ち前のスピードに磨きをかけ、シュート力も増していきました。
③年のときには関東予選を突破、全国高校選手権にも出場したが、 一回戦で大阪の初芝に延長の末、敗れています。
高校卒業後、古河電工(現ジェフ千葉)に入団し、①年目から活躍。
そしてユース代表を経て日本代表にも選ばれるようになります。
それからブラジルへの短期留学を経て選手としてさらに大きく成長します。
77年の夏、長期に渡る欧州遠征を実施した日本代表。
そこでブンデスリーガの強豪ケルンの監督、ヘネス・バイスバイラーの目に止まります。
そしてすぐさまオファーが届きます。
日本人が本場のプロで通用するはずがないと考えられていた時代。今のように海外の情報もほとんどなく、異国の地で自分がどれくらい 通用するものなのかも分からず、怪我をしたらどうなるのかも全く予測のつかない中、食事もできないほどに悩んだそうです。
しかし、会社の後押しもあり西ドイツに渡る決意をしたそうです。
日本人として初めてのプロ選手が 前回のW杯優勝国で誕生するという奇跡がここに生まれました。
奥寺氏のドイツでの活躍は敢えて語りません。
でも、「東洋の黒豹」とか「東洋のコンピュータ」とか形容されていたのを聞くと容易に想像できると思います。
僕が凄いと思うのは、中学から始めてサッカーが出来てしまうそのセンスと、ドイツに挑戦することを決めたその勇気です。
偉業を成し遂げる人はいつも挑戦をしているんですね(^^♪