とうとう病院から去ることを決めた。
病院では30分しか会えない。
玄米のクリームをつくり、アロマ、ホメオパシー、枇杷の葉温灸、足マッサージ、30分で次女と私で毎日してきた。

母は、最後は自宅が幸せかな?

妹達と何度も話し合い、
6月30日、緩和ケア病棟から退院をした。 沖縄の次女、天草の三女、別れた父と話し合い、zoomでミーティングをし、いかにして介護していくかを決め、天草の実家へ。

お医者さまは、「移動するなら今しかない」と。ただ、「どんどん症状は悪くなります。」

移動は?

福祉タクシーを以前使ったが、硬いストレッチャーか車椅子しかない。


私のシエンタをフラットにし、布団を乗せ、次女が隣に添い、1時間半。なんとか大丈夫だった。


着いたその日はプチお祝い。刺身!
少しだけど、魚も食べた。


しかし、
退院から1週間で、みるみる車椅子にも乗れなくなり、椅子に座れなくなり、
水曜日ぶりに今日日曜日だから、朝から来たら、ほとんど喋れなくなり、また痩せていた。
もう何も食べない。
誤嚥を防ぐため、栄養のスープを凍らせ、氷にして口に入れている。
悲しくて悲しくて、、、
そんな状態なのに、私に「子どもたちは?」と、

か細い声で。
「今日は日曜日だから、大丈夫だよ。」と言ったら、ニコッと笑った。

月曜日、火曜日の予備校の仕事は、お願いして、オンラインに切り替えてもらった。火曜日夜までいよう。
三女は本当に良くやってくれてた。
介護って本当に本当に大変なこと。

退院前に決めていたことがことごとく変わった。次女の友だち看護師さんが毎日来てくれる予定が、週3日となり、街の看護師さんも、週4回のはずが、一回しかまだ来てない。お医者さんも一回来たが、数分で帰った。


しかし、私達が決断したんだから、やるしかない。沖縄の妹は、先週1週間来たが、また明日から来てくれる。別れたのに父も、夜など

次女と一緒にいてくれて助かる。

姉妹で協力してがんばる。

↓入院していた2週間に外出できた。

病院から退院の日、退院1日目 右