「手柄立てて死ねれば幸せ」
赤穂浪士の自筆?遺書発見
【記事 】
元禄15(1702)年12月14日、
吉良邸に討ち入りした赤穂浪士四十七士の一人で、
岡山県津山市出身の茅野和助(かやの・わすけ)(1667~1703)
の自筆とみられる遺書が同市内で発見された。
討ち入りの覚悟と、残す家族への思いなどがつづられている。
遺書(縦29センチ、横38センチ)は
当初の討ち入り予定日の前日、12月5日の日付で、
兄弟に宛てて書かれており、
「手柄を立てて死ねれば幸せだと存じております」と、
討ち入りの覚悟とともに「母上様に孝行を尽くされ、兄弟仲良く…」と、
家族を気遣う文面もある。
茅野和助は津山藩の森家に仕えていた父が政争に巻き込まれて
追放されたため、赤穂藩の浅野家に仕官。
討ち入り時は36歳(切腹時は37歳)だった。
得意の弓を持って吉良家裏門から攻め入った-と伝えられている。
遺書は同館で展示されている。
。。。(記事抜粋)。。。